青空AI短編小説

夢商人の禁断取引

登録日時:2025-08-26 08:13:37 更新日時:2025-08-26 08:14:44

第一章 夢の仲介者


午前三時の街は、まるで巨大な眠りに包まれた生き物のようだった。ネオンサインだけが瞬く薄暗い路地裏で、俺——葛城蒼は、今夜の仕事に向かって歩いていた。


「夢商人」。


そう呼ばれる職業に就いて、もう三年になる。他人の夢に潜入し、それを商品として売買する。聞こえは良くないが、れっきとした需要のある仕事だ。悪夢に苦しむ人から苦痛を買い取り、良い夢を求める顧客に販売する。時には、特定の夢を誰かの心に「植え付ける」こともある。


ただし、俺には絶対に守るルールがあった。


夢の中身は絶対に知らない。尋ねない。


夢とは、その人の最も深い内面を映し出す鏡だ。愛も憎しみも、恐れも欲望も、すべてが剥き出しになる。そんな聖域に土足で踏み込むような真似はしない。それが俺の流儀であり、この商売を続けるための最低限の良心だった。


「お疲れ様です、葛城さん」


事務所の扉を開けると、パートナーの美咲が振り返った。二十代半ばの女性で、この業界では珍しく清廉な雰囲気を持っている。彼女は夢の「調律師」として、俺が回収した夢を商品化する技術者だった。


「今夜の依頼は?」


「少し変わった案件です」美咲は困った表情を浮かべた。「依頼主は匿名、内容もターゲットも一切不明。ただ『夢を買い取ってほしい』とだけ」


俺は眉をひそめた。「報酬は?」


「通常の十倍です」


十倍。それは確かに魅力的だったが、同時に危険の匂いもしていた。この業界で三年間生き残ってきた勘が、何かがおかしいと警鐘を鳴らしている。


「住所は?」


「市内の高級マンション。今から行けば、依頼者は午前四時に眠りに入る予定です」


俺は少し迷ったが、結局首を縦に振った。家賃の支払いが迫っているし、最近は不景気で夢の需要も落ち込んでいる。リスクを取らなければ、この商売では生きていけない。


第二章 装置の不具合


高級マンションの一室。依頼者の枕元に、俺は夢潜入装置「ドリームダイバー」をセットした。これは脳波を読み取り、睡眠中の人間の夢に侵入できる特殊な機械だ。闇市場で手に入れた代物で、正規品ではないが、これまで問題なく動いてきた。


ヘッドセットを装着し、いつものように意識を沈めていく。夢の世界への扉が開こうとしたその瞬間——


ジジジッ!


装置から火花が散った。


「くそっ!」


慌ててヘッドセットを外そうとしたが、もう遅かった。脳内に、断片的な映像が流れ込んできた。


血だまりに倒れた女性。
白いタイルに飛び散った赤い染み。
そして——歪んだ笑顔を浮かべる少女の顔。


「あはは……あははははは……」


その笑い声が頭の中で響き続けた。これは夢ではない。現実の記憶だ。誰かが実際に体験した、殺人事件の記憶に違いなかった。


俺は装置を回収し、急いでその場を立ち去った。心臓が激しく鼓動し、冷や汗が止まらない。三年間、俺は数え切れないほどの夢を扱ってきたが、これほど生々しく、これほど恐ろしいものは初めてだった。


事務所に戻ると、美咲が心配そうに俺を迎えた。


「どうしたんですか?顔色が真っ青ですよ」


「装置が故障した。今夜はこれで終わりだ」


詳しい説明は避けた。美咲を巻き込むわけにはいかない。だが、俺の心の中では確信が生まれつつあった。


あの依頼は罠だったのではないか。そして俺は、知ってはいけない秘密を知ってしまったのではないか。


第三章 追跡者たち


翌日の夕方、俺はニュースで驚愕の事実を知った。


「昨夜、市内の高級マンションで女性の変死体が発見されました。警察は殺人事件として捜査を開始……」


画面に映る現場の住所は、昨夜俺が向かったマンションと同じだった。被害者の写真も公開されていたが、それは俺が夢の断片で見た女性と酷似していた。


携帯電話が鳴る。美咲からだった。


「葛城さん、大変です!警察があなたを探してます!」


「何?」


「昨夜の現場に、あなたの指紋が残ってたって……」


血の気が引いた。確かに俺は現場にいた。装置をセットする時に、色々なものに触れていただろう。


「とにかく逃げてください。私が何とか時間を稼ぎます」


通話を切ると同時に、俺のアパートの階段を上がってくる足音が聞こえた。複数人。間違いなく警察だろう。


俺は窓から非常階段に出て、必死に逃走した。だが、これは始まりに過ぎなかった。


その夜、ホテルに身を隠していた俺の元に、一通のメッセージが届いた。


「昨夜見たものは、決して口外するな。従わなければ、お前も美咲も消える」


差出人は不明。だが、俺たちを監視している何者かがいることは明らかだった。


第四章 夢の中の真実


警察に追われ、謎の組織に監視されながら、俺は事件の真相を探ることにした。手がかりは、あの恐ろしい夢の記憶だけ。


廃墟となった工場で、俺は再び故障した装置を使った。危険だとわかっていたが、他に方法がない。今度は、自分の記憶を辿って、あの断片をより詳しく調べるのだ。


夢の世界に潜り込むと、俺は殺人現場にいた。だが、今度は傍観者としてではなく、まるでその場にいたかのような鮮明さで状況を把握できた。


犯人は少女だった。十代後半、整った顔立ちだが、その表情は狂気に満ちている。


「ねえ、お姉ちゃん。もう痛くないでしょ?」


少女は血だらけのナイフを握りながら、倒れた女性に話しかけていた。


「私がお姉ちゃんの痛みを全部、夢の中に閉じ込めてあげたの。もう苦しまなくていいのよ」


その時、俺は理解した。この少女もまた、夢の技術を使っているのだ。しかし、俺のような商売人ではない。もっと恐ろしい目的のために。


夢から覚めると、俺の前に一人の男が立っていた。スーツを着た中年男性で、どこか政府関係者のような雰囲気を醸し出している。


「お疲れ様でした、葛城さん」


「あんたは……」


「私は田中と申します。政府の特殊部門で、夢技術の監視を担当しています」


田中は俺の前に椅子を置き、座った。


「あなたが見た少女は、川島美月という名前です。彼女は我々の実験対象でした」


「実験対象?」


「夢技術の軍事応用。人間の記憶を操作し、洗脳や情報収集に利用する研究です。しかし、美月は実験中に暴走し、施設から逃走しました」


俺の背筋に寒気が走った。


「あの殺人事件は……」


「美月が自分の罪悪感や痛みを他人に転移させようとした結果です。彼女は夢を使って、自分の記憶を他人に押し付け、代わりに相手の記憶を奪い取ることができるのです」


第五章 記憶の操作者たち


田中の説明により、俺は恐るべき真実を知った。政府は秘密裏に「記憶操作プロジェクト」を進めており、夢技術を使って人間の記憶を自由に書き換える研究を行っていたのだ。


「なぜ俺に?」


「あなたのような民間の夢商人が存在することで、我々の研究が隠蔽されるからです。表向きは娯楽や治療目的の技術として認知されていれば、誰も軍事利用を疑わないでしょう」


つまり、俺たちのような商売は、政府の隠れ蓑として利用されていたのだ。


「美月を止めなければなりません」田中は続けた。「彼女は今、無差別に人々の記憶を奪い、自分の罪を他人になすりつけようとしています。このまま放置すれば、多くの無実の人が彼女の記憶によって犯罪者に仕立て上げられるでしょう」


俺は迷った。この男の言葉を信じるべきなのか。だが、美咲が危険にさらされている以上、選択肢は限られていた。


「俺に何をしろと?」


「美月の夢に潜り込み、彼女の記憶を元に戻してください。あなたの技術なら可能なはずです」


第六章 狂気の少女との対峙


美月の潜伏先は、市内の古いアパートだった。政府の追跡チームと共に現場に向かった俺は、眠りについた彼女の夢に侵入した。


美月の夢世界は混沌としていた。様々な人の記憶が入り乱れ、現実と幻想の境界が曖昧になっている。血まみれの病院、燃え盛る学校、泣き叫ぶ子どもたち——すべてが彼女が奪い取った他人の記憶だった。


夢の深層で、俺は美月と対面した。


「あら、お客さんね」美月は人形のような笑顔を浮かべた。「私の夢を買いに来たの?でも残念、もう売るものはないわ」


「お前がやっていることは間違ってる」


「間違ってる?」美月の表情が一変した。「私が何をしたっていうの!私はただ、みんなの痛みを引き受けてあげただけよ!」


彼女の記憶が俺の脳内に流れ込んだ。幼い頃から実験体として扱われ、様々な記憶を植え付けられた美月。彼女もまた、犠牲者だったのだ。


「なら、その痛みを俺が引き受けよう」


「え?」


「お前が背負っている記憶、全部俺がもらう。その代わり、もう他の人を巻き込むな」


美月は驚いた表情を見せた。そして、ゆっくりと涙を流し始めた。


「本当に……私の痛みをもらってくれるの?」


俺はうなずいた。これが、俺にできる唯一の贖罪だった。


第七章 夢商人の決断


美月との記憶の交換は、想像以上に過酷だった。彼女が背負っていた無数の痛み、恐怖、絶望——それらすべてが俺の中に流れ込んだ。意識を失いそうになりながらも、俺は最後まで彼女の記憶を受け入れた。


目を覚ますと、美月は静かな寝顔を見せていた。彼女の表情は穏やかで、まるで子どものようだった。


「終わりましたね」田中が声をかけた。「美月の記憶は正常に戻りました。彼女はもう、他人を傷つけることはないでしょう」


「だが、俺の中に彼女の記憶が残っている」


「それは……仕方ありません。あなたが選んだことですから」


俺は立ち上がった。体は重く、頭の中では様々な記憶が渦巻いている。だが、不思議と後悔はなかった。


「これで俺たちは自由になるのか?」


「ええ、約束します。ただし……」田中は俺を見詰めた。「今回の件は絶対に秘密にしてください。記憶操作技術が公になれば、社会は混乱します」


俺は苦笑した。「心配するな。俺は元々、夢の中身を知らない主義だ」


エピローグ


事件から一か月後、俺は夢商人の仕事を続けていた。美咲も無事で、二人で小さな事務所を営んでいる。


ただし、以前とは違うことがある。俺の心の中には、美月から受け取った無数の記憶が住み着いている。それらは時々、俺の夢に現れる。だが、俺はそれを受け入れることにした。


これが、俺が選んだ道の代償だから。


「今日の依頼はどんな感じだ?」


「普通の悪夢の回収ですよ」美咲が微笑んだ。「葛城さんの得意分野です」


俺は苦笑いを浮かべた。確かに今の俺は、どんな悪夢でも受け入れることができるだろう。心の中に、それ以上の地獄を抱えているのだから。


「それじゃあ、仕事に行くか」


夜の街に向かいながら、俺は思った。夢とは、人間の最も深い部分を映す鏡だ。そこには美しいものも醜いものもある。だが、それらすべてが、その人を形作る大切な一部なのだ。


俺はもう、夢の中身を知らないふりはできない。だが、それでも俺は夢商人を続ける。人々の心の奥底に寄り添い、静かに彼らの痛みを受け取っていく。


それが、俺に残された最後の良心なのかもしれない。

※この作品はAIで創作しています。