夢で過去を追体験する僕の、衝撃的な人生の転換点
第一章 穏やかな現実逃避
「うわあ、また単位やばいかも……」
僕――田中健太は、大学の食堂で友人の鈴木と向かい合いながら、手にしたスマートフォンの画面を見て溜息をついた。経済学部三年の僕は、どこにでもいるような平凡な大学生だ。特に秀でた才能があるわけでもなく、かといって特別劣っているわけでもない。そんな僕の唯一の楽しみは、最近発見した不思議な能力だった。
「健太、また夢の話する気?」鈴木が呆れたような顔で箸を動かす。
「いや、でも本当なんだって。夢の中で過去に戻れるんだ」
それは三週間前の夜に始まった。なんとなく高校時代の文化祭のことを思い出しながら眠りについた僕は、気がつくと本当にその日の朝に戻っていた。クラスの出し物の準備で慌ただしく動き回る同級生たち、廊下に響く笑い声、そして当時片思いしていた山田さんの笑顔――全てがあまりにもリアルで、単なる夢とは思えなかった。
最初は偶然だと思った。でも、翌日も、その翌日も、僕は意識的に過去の記憶を辿って眠りにつくと、その日に戻ることができた。友人たちと初めて海に行った高校二年の夏、部活の大会で優勝した時の興奮、大学受験に合格した日の安堵感――楽しかった思い出ばかりを選んで、僕はその時間を何度も味わい直した。
「まあ、健太が幸せそうだからいいけどさ」鈴木は苦笑いを浮かべた。「でも、現実逃避ばっかりしてると、本当にやばいことになるぞ?」
「分かってるよ……」
そう答えながらも、僕の心は既に今夜見る夢のことを考えていた。今度はどの思い出を追体験しようか。中学時代の修学旅行?それとも小学校の運動会?
第二章 好奇心という名の誘惑
それから一週間後、僕の興味は自分の過去を超えて広がり始めた。
「自分の記憶じゃない過去も見れるのかな……」
深夜、ベッドに横たわりながら僕はそんなことを考えていた。歴史の教科書に載っているような、僕が生まれるよりもずっと前の出来事を、この目で見てみたい。そんな好奇心が僕の中で膨らんでいた。
翌朝、僕は大学の図書館に向かった。歴史書のコーナーで手に取ったのは、二十世紀のアメリカ史に関する厚い本だった。ページをめくりながら、僕は一つの事件に目を止めた。
「1963年11月22日……ケネディ大統領暗殺事件」
歴史上最も有名な事件の一つだ。僕はその日の詳細を何度も読み返した。ダラスの街、パレード、リムジン、そして運命の銃声。全ての情報を頭に叩き込んで、僕はその夜、意を決してその日に飛ぶことを決めた。
目を閉じ、深呼吸をする。1963年11月22日、ダラス――。
第三章 歴史の証人
気がつくと、僕は見知らぬ街角に立っていた。
周りには1960年代のファッションに身を包んだ人々が溢れ、空気中には古い車の排気ガスと興奮の匂いが漂っている。間違いない、これはダラスだ。そして今日は、あの日だ。
「すげえ……本当に来ちゃった」
僕は群衆に紛れ込みながら、大統領のパレードルートへ向かった。街のあちこちに配置された警備員、手を振る市民たち、カメラを構える報道陣――全てが僕が知る歴史と完全に一致している。
やがて、遠くから歓声が聞こえてきた。大統領を乗せたリムジンが近づいてくる。僕は群衆の後ろから、まるでドキュメンタリー映画を見ているような気分で、その瞬間を待った。
青空の下、手を振るケネディ大統領とジャクリーン夫人を乗せた車が、ゆっくりと僕の前を通り過ぎていく。その光景は、何度も教科書や映像で見たものと寸分違わなかった。
そして――。
パン、パン、パン。
銃声が響いた。大統領が崩れ落ちる。ジャクリーン夫人の悲鳴。辺りは一瞬で混乱に包まれた。
「やっぱり歴史通りだ……」
僕はその光景に息を呑みながらも、どこか安堵していた。自分が知る歴史が正しかったことを確認できたのだから。
だが、その時だった。
第四章 歴史にない人影
混乱する群衆の中で、僕の視線は一人の人物に釘付けになった。
その人物は、僕と同じように群衆に紛れていたが、明らかに他の人々とは違っていた。まず服装が微妙におかしい。1960年代の衣装を着てはいるものの、どこか現代的な違和感がある。そして何より、その人が手にしているものが僕の目を引いた。
「あれって……まさか」
それは小さな金属製の装置だった。形状は見たことがないが、表面に光る小さなディスプレイのようなものがついている。明らかに1960年代には存在しないはずの、未来の技術を思わせる代物だった。
その人物は装置を操作しながら、暗殺現場を冷静に観察している。まるで、この事件が起こることを予め知っていたかのように。
「おい、あんた何してるんだ!」
僕は思わず声をかけそうになったが、その瞬間、その人物がこちらを振り返った。
目が合った。
その人の瞳には、僕と同じような――いや、僕以上の困惑と驚愕の色が浮かんでいた。まるで「なぜお前がここにいる?」と言いたげな表情で。
だが、次の瞬間には群衆の波に飲まれて、その人物は見えなくなってしまった。
第五章 目覚めた使命感
「はあ、はあ、はあ……」
僕は汗だくになってベッドから跳ね起きた。心臓が激しく鼓動している。
「あの人は一体……」
時計を見ると、午前三時を回っていた。だが、眠る気になれない。あの装置を持った人物の姿が、頭から離れなかった。
「歴史には残されていない、もう一人の人物……」
僕はパソコンを開き、ケネディ暗殺事件について片っ端から調べ始めた。証言、写真、映像――あらゆる資料を漁ったが、あの人物に関する記録は一切見つからなかった。
翌日、大学での講義中も僕の頭はその謎でいっぱいだった。
「田中、大丈夫か?顔色悪いぞ」
隣に座る鈴木が心配そうに声をかけてくる。
「ああ、ちょっと寝不足で……」
嘘ではない。でも、本当のことは言えなかった。誰が信じるだろうか?夢で過去に行って、歴史の裏側を見てきたなんて。
「この事件は、僕が知るような単純なものじゃないのかもしれない」
僕の中で、何かが変わり始めていた。今まで過去への旅は、単なる現実逃避の手段だった。楽しい思い出を追体験して、現実の辛さを忘れる――それだけの、穏やかな日常の一部だった。
でも今は違う。僕の能力は、もっと大きな何かの扉を開いてしまったのかもしれない。
第六章 抗えない使命感
その夜から、僕の生活は一変した。
朝起きてすぐにパソコンに向かい、歴史の資料を漁る。講義中も教授の話が頭に入らず、ノートには「あの装置は何だったのか?」「未来から来た人間?」「歴史は操作されている?」といった疑問ばかりが書き連ねられていた。
「健太、最近変だぞ。何かあったのか?」
食堂で鈴木に指摘されたが、僕は曖昧に笑ってごまかすしかなかった。
実際、僕自身も自分の変化に戸惑っていた。今までなら単位のことや就職活動のことで頭を悩ませていたはずなのに、今はそんなことがどうでもよく思える。あの暗殺事件の裏に隠された真実を解き明かすことが、僕にとって最も重要なことになってしまっていた。
「なんで僕がこんなことを……」
でも、心の奥底では分かっていた。この使命感は、僕が自分で選択したものではない。あの瞬間、あの人物と目が合った瞬間に、僕は何かに巻き込まれてしまったのだ。
まるで、見てはいけないものを見てしまった証人のように。
第七章 危険な謎への扉
一週間後、僕は再び1963年11月22日の夢を見ることを決意した。
今度は、あの人物を見失わないようにしなければならない。あの装置が何なのか、そしてなぜその人がそこにいたのかを突き止めるために。
ベッドに横たわり、目を閉じる。深呼吸をして、意識をあの日に集中させる。
「今度こそ……」
しかし、この選択が僕をどれほど危険な世界へ引きずり込むことになるのか、その時の僕は知る由もなかった。
過去を追体験するという、一見無害に思えた能力。それは実は、歴史の裏側に隠された巨大な秘密への入り口だったのだ。
そして僕は今、その扉を押し開こうとしている。
知ってはいけない真実へと続く、危険な扉を――。
エピローグ 新たな始まり
翌朝、僕は決意を固めて鏡の前に立った。
鏡に映る自分の顔は、三週間前とは明らかに違って見えた。どこにでもいる平凡な大学生だった僕は、もういない。
「僕の人生は、ここから変わるんだ」
この能力がもたらす危険も、知らない方が良かった真実も、全て受け入れる覚悟を決めた。
なぜなら、もう後戻りはできないから。
あの人物との遭遇は、僕を単なる過去の傍観者から、歴史の謎を解き明かす当事者へと変えてしまった。
「今度こそ、真実を見つけてやる」
僕は大学へ向かう足取りを軽やかにした。表面上は普通の学生生活を続けながら、夜には危険な過去への旅を続ける――そんな二重生活の始まりだった。
穏やかだった日常は確かに終わった。でも、きっとこれから始まる冒険の方が、僕にとってずっと意味のあるものになるだろう。
たとえそれが、どれほど危険な道のりであったとしても。