青空AI短編小説

森の迷い人と弓使いの少女

登録日時:2025-08-04 09:06:37 更新日時:2025-08-04 09:07:38

第一章 突風の向こう側


スマートフォンの画面を見つめながら、俺――高校二年生の田中翔太は、渋谷のスクランブル交差点の真ん中で信号待ちをしていた。いつものように学校からの帰り道、友人とのLINEのやり取りに夢中になっていると、突然、異様な風が吹き始めた。


「うわっ!」


最初は軽い風程度だったが、みるみるうちに強くなり、やがて暴風と呼べるほどの激しさになった。周りの人々も驚いているようで、慌てて建物の陰に避難し始める。しかし、なぜか俺の周りだけ、風がさらに強くなっているような気がした。


「何だよ、これ……!」


風の勢いがあまりにも強く、目を開けていることができない。両手で顔を覆い、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。耳をつんざくような風の音が響き、まるで世界全体が渦巻いているかのようだった。


そして、突然――静寂が訪れた。


「……あれ?」


恐る恐る目を開けると、そこは先ほどまでいた渋谷の街並みではなかった。見上げれば、うっそうとした木々が空を覆い隠し、足元には落ち葉と苔で覆われた森の地面が広がっている。空気は澄んでいて、どこか神秘的な香りがした。


「嘘だろ……ここ、どこだよ」


スマートフォンを取り出して確認すると、圏外の表示。GPSも機能していない。周囲を見回しても、建物どころか人工物の影すら見当たらない。


「夢か?いや、でも……」


自分の頬を軽く叩いてみるが、痛みははっきりと感じられる。これは現実だ。だが、どうして突然こんな場所にいるのか、まったく理解できない。


途方に暮れながらも、とりあえず森の中を歩き始めた。道らしい道はないが、木々の間を縫うように進んでいけば、何か手がかりが見つかるかもしれない。


「おーい!誰かいませんかー!」


声を張り上げて叫んでみるが、返ってくるのは自分の声の木霊だけだった。


歩き続けること十分ほど。足音以外に何の音も聞こえない静寂の中で、俺は次第に不安になってきた。この森はどこまで続いているのだろう。もしかして、一生ここから出られないのではないか――そんな考えが頭をよぎったとき。


「――うわあああああ!」


突然、背後から巨大な何かが飛びかかってきた。受け身も取れずに地面に叩きつけられ、息が詰まる。慌てて振り返ると――


「ひっ……!」


そこにいたのは、まさに昔話に出てくるような恐ろしい妖怪だった。人間の三倍はありそうな巨体に、ぎらぎらと光る赤い目。口からは鋭い牙がのぞき、全身は黒い毛で覆われている。鬼か、それとも山の化け物か――とにかく、人間ではない何かであることは間違いなかった。


「グルルルル……」


妖怪は低い唸り声を上げながら、俺を見下ろしている。その瞳には明らかな殺意が宿っていた。


「や、やめてくれ……!」


立ち上がろうとするが、恐怖で足に力が入らない。それでも必死に這うようにして距離を取ろうとした瞬間、妖怪が大きく腕を振り上げた。


「死にたくない……!」


閉じた目の向こうに、死への恐怖がよぎる。しかし――


ズシュッ!


鋭い音とともに、妖怪の苦悶の声が響いた。


「グアアアアア……!」


目を開けると、妖怪の胸に一本の矢が深々と刺さっている。妖怪は驚いたような表情を浮かべたまま、煙のように消えていった。


「助かった……?」


安堵の息をついて振り返ると、そこに一人の少女が立っていた。


第二章 弓使いの少女


「このような森の奥で、武器も持たずに何をうろついている!」


少女の声は凛としていて、どこか威厳さえ感じさせた。年の頃は俺と同じくらいだろうか。長い黒髪が腰まで伸び、深い藍色の着物を身に纏っている。手には美しい装飾が施された和弓を持ち、背中には矢筒を背負っていた。


「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます」


まだ震えが止まらない俺を、少女は鋭い眼差しで見つめている。


「礼はよい。それより、そなたは何者だ?その奇妙な装束……この森では見慣れぬものだが」


奇妙な装束って、普通の制服なんだけど……。それより、この少女の話し方も現代的ではない。


「俺は田中翔太です。高校生で……あの、ここはどこなんでしょうか?」


「翔太……変わった名じゃな。ここは封印の森。迷い込んだ者が簡単に出られる場所ではない」


封印の森?何それ、ゲームの世界みたいだ。


「封印って……」


「そなた、本当に何も知らぬのか」少女は訝しそうに眉をひそめた。「この森は古より妖怪たちが封じられている地。先ほどの鬼も、その一体に過ぎぬ」


鬼……やっぱりあれは妖怪だったのか。


「僕、渋谷にいたんです。スクランブル交差点で突然風が吹いて、気がついたらここに……」


「シブヤ?スクランブル?」少女は首を傾げた。「聞いたことのない地名だな」


まさか、ここは俺の知っている日本じゃないのか?


「あの、お名前を教えてもらえませんか?」


少女は一瞬躊躇したが、やがて口を開いた。


「……雅(みやび)だ。この森の番人をしている」


「番人?」


「封印された妖怪たちが外に出ないよう見張る役目だ。代々我が一族が担ってきた」


雅は弓を背中に戻すと、俺の方へ歩いてきた。


「翔太よ、そなたがなぜこの森に迷い込んだのかはわからぬが、一つだけ確かなことがある」


「何ですか?」


「この森から出る方法は一つしかない」雅の表情が厳しくなった。「森の最深部にある『帰還の社』で、封印の儀式を完遂することだ」


「封印の儀式?」


「この森に眠る大妖怪『影喰』を完全に封印すること。それができれば、森の呪いが解け、そなたも元の世界に帰れるだろう」


大妖怪影喰……なんだかとんでもないことになってきた。


「でも、僕は何の力もない普通の高校生ですよ?そんな大それたこと……」


「案ずるな」雅は意外にも優しい表情を見せた。「一人ではない。この雅が共に行こう」


「本当ですか?」


「但し」雅の表情が再び厳しくなる。「足手まといになるようなら、容赦なく置いていく。覚悟はよいか?」


正直、覚悟なんてできるわけがない。でも、他に選択肢はなさそうだった。


「……わかりました。よろしくお願いします」


「よし」雅は小さく頷いた。「では、まずは武器を調達せねばならぬな」


第三章 森の深奥へ


雅に案内され、森の中にある小さな社に向かった。朽ち果てた鳥居をくぐると、そこには古い武器が納められた蔵があった。


「これを使うがよい」


雅が差し出したのは、刃こぼれした古い刀だった。


「刀なんて使えませんよ……」


「妖怪相手に素手では話にならぬ。嫌でも覚えるのだ」


仕方なく刀を受け取ると、思った以上に重かった。


「それに、そなたには不思議な力を感じる」雅は俺を見つめて言った。「この森に迷い込んだのも、何かの導きかもしれぬ」


「僕に、力?」


「まだ自覚がないようだが……いずれわかる」


雅は謎めいた微笑みを浮かべると、歩き始めた。


「行くぞ。帰還の社は森の最深部。道のりは険しい」


こうして、俺と雅の奇妙な旅が始まった。森を進むにつれ、様々な妖怪が襲いかかってくる。最初はおぼつかなかった俺の刀さばきも、雅の厳しい指導と実戦の中で次第に上達していった。


そして、旅の途中で俺は不思議な体験をした。妖怪と戦っている最中、突然体の奥から熱いものが込み上げ、刀が光を放ったのだ。その光に触れた妖怪は、まるで浄化されるように消えていく。


「やはりな」雅は満足そうに頷いた。「そなたには霊力がある。それも、かなり強い」


「霊力って……」


「この世とあの世、現実と幻想を結ぶ力だ。そなたがこの森に迷い込んだのも、その力が影喰の封印を感知したからかもしれぬ」


俺にそんな力があるなんて、まったく実感がわかない。でも、確かに妖怪を浄化できるようになったのは事実だった。


第四章 影喰との対峙


数日の旅を経て、ついに森の最深部にたどり着いた。そこには古い社があり、その奥から禍々しい気配が漂っている。


「ついに来たな……」


雅の表情は緊張で強ばっていた。


「影喰は我が一族にとって因縁深い相手。祖先たちが命がけで封印した大妖怪だ」


社の扉を開けると、そこは異空間のように広がっていた。中央には巨大な封印陣があり、その中心で黒い霧のような何かが蠢いている。


「クククク……ついに来たか、番人の娘よ」


霧の中から、重厚な声が響いた。


「そして……面白い。人間でありながら強い霊力を持つ者まで連れてきおったか」


影喰が姿を現した。それは巨大な影のような存在で、無数の目が光っている。


「影喰よ、今こそそなたを完全に封印する!」


雅が弓を構えると、矢に霊力を込めて放った。しかし、影喰は軽々とそれを避ける。


「小娘一人では我には敵わぬ!」


影喰の攻撃で雅が吹き飛ばされる。


「雅!」


俺は刀を握りしめ、影喰に向かった。体の奥から熱いものが込み上げ、刀が激しく光る。


「ほう……その光は……まさか!」


影喰が驚いたような声を上げた。


「そなた、浄化の力を持つ者か!」


第五章 真実と選択


「雅、大丈夫か?」


倒れた雅を支えながら、俺は影喰を睨んだ。


「翔太……聞け」雅が苦しそうに口を開いた。「実は……私には隠していたことがある」


「何?」


「この森の封印は……完璧ではない。いずれ必ず破られる運命にあった。そして、それを阻止できるのは……」


「浄化の力を持つ者だけ、か」影喰が言葉を継いだ。「翔太よ、そなたは偶然ここに来たのではない。この森が、封印を完成させるために呼び寄せたのだ」


「どういうことですか?」


「そなたの力で我を浄化すれば、封印は永続的なものとなる。だが……」影喰の声が重くなった。「その代償として、そなたはこの世界に留まることになる」


「翔太……」雅が俺の手を握った。「すまない。私は最初からそれを知っていた。だが、どうしても言えなかった……」


元の世界に帰れない……それは俺にとって重い選択だった。


「でも、このままでは影喰が復活して、きっとたくさんの人が犠牲になる」


俺は刀を構え直した。


「俺が犠牲になることで、みんなが救われるなら……」


「翔太、ダメだ!」雅が必死に止めようとする。「そなたには、元の世界に帰る権利がある!」


「雅……君と出会えて、本当によかった」


俺は微笑みかけた。


「君がいてくれたから、最後まで頑張れる」


エピローグ 新たな始まり


結果的に、俺は影喰を浄化することができた。予想に反して、浄化の瞬間、不思議な現象が起きた。影喰が完全に消滅すると同時に、森全体を覆っていた封印の力も変化したのだ。


「これは……」雅が驚いた声を上げた。


森の様子が変わっていく。今まで閉ざされていた森が、外の世界とつながり始めたのだ。


「翔太、見よ!」


雅が指差す方向を見ると、森の向こうに見覚えのある街の光が見えた。


「渋谷……?」


「そなたの浄化の力が、ただ封印するだけでなく、世界同士の境界も癒したのかもしれぬ」


気がつくと、俺のスマートフォンに電波が戻っていた。時刻を見ると、俺が森に迷い込んでからまだ数時間しか経っていない。


「時間の流れも違っていたのね……」


雅も現代の言葉遣いに変わっていた。どうやら、森の封印が解けたことで、彼女にも変化が起きたようだ。


「君は、どうする?」俺は雅に聞いた。


「私は……」雅は少し悩んでから微笑んだ。「番人の役目は終わった。これからは、翔太の世界を見てみたい」


「本当に?」


「ああ。そなた……いや、君が教えてくれた『勇気』を、もっと知りたいから」


こうして、俺たちは手を取り合って森を出た。元の世界に戻った俺を待っていたのは、いつもの日常だった。でも、その日常に雅という特別な存在が加わった。


森での出来事は夢のようだったが、俺の横に立つ雅が、それが確かに現実だったことを証明していた。


異世界での冒険は終わったが、俺と雅の本当の物語は、今まさに始まったばかりだった。

※この作品はAIで創作しています。