秘密を抱えたカフェ
第一話 路地裏の扉
雨が降り続く午後、藤宮さくらは傘を握りしめながら、いつもとは違う道を歩いていた。隼人への告白を決意してから三日が経つが、勇気が出ずにいる。そんな時、見慣れない路地裏に小さなカフェを見つけた。
「カフェ・ウィッシュ」
古びた看板には、そう書かれていた。扉を開けると、温かい光と珈琲の香りが迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、白髪の優しそうなおじいさんが声をかけた。店内には他に客はいない。
「あの、珈琲を一杯お願いします」
さくらは空いている席に座った。マスターが運んできた珈琲は、今まで飲んだどの珈琲よりも香り高く、心が落ち着く味だった。
「何かお困りのようですね」
マスターの優しい声に、さくらは思わず顔を上げた。
「え?」
「このカフェは不思議な力を持っています。本当に願う心があれば、その願いを叶えることができるのです」
さくらは驚いて目を見開いた。マスターは微笑みながら続ける。
「ただし、条件があります。願いを叶えるには、あなたが心の奥底に隠している秘密を、正直に打ち明ける必要があるのです」
第二話 隠された想い
「秘密って…」
さくらは珈琲カップを両手で包み込んだ。確かに、誰にも言えない秘密がある。
「私、同じクラスの横田隼人くんが好きなんです。でも…」
「でも?」
マスターの優しい眼差しに、さくらは続きを躊躇した。
「でも、彼に告白する勇気がないんです。それが秘密っていうほどのものでしょうか?」
マスターは首を振った。
「それは秘密ではありませんね。恥ずかしい気持ちや不安は、秘密とは違います」
さくらは困惑した。自分でも気づいていない、もっと深い秘密があるというのだろうか。
「時間はかかっても構いません。本当の秘密に気づいた時、また来てください」
マスターはそう言って、温かい笑顔を浮かべた。
第三話 真実への扉
それから一週間、さくらは毎日自分の心と向き合った。そして、ついに気づいた。本当の秘密に。
再びカフェを訪れたさくら。今度は迷いのない足取りだった。
「マスター、わかりました。私の本当の秘密」
「聞かせてください」
「私は…隼人くんを好きになったのは、彼が人気者だからです。本当に彼の人柄を知ろうとしたことがありませんでした。私は、恋に恋していただけなんです」
さくらの目に涙が浮かんだ。
「そして、本当に怖いのは告白することじゃない。彼のことを本当に知ることが怖いんです。もし、想像していた彼と違っていたら…私の恋は偽物だったことになってしまう」
マスターは静かに頷いた。
「よく気づきましたね。では、あなたの願いは何ですか?」
「隼人くんと恋人になりたい…じゃない。本当の隼人くんを知りたい。そして、本当の私も知ってもらいたいです」
第四話 新しい始まり
翌日の放課後、さくらは隼人に声をかけた。
「横田くん、一緒に帰らない?」
隼人は驚いたが、嬉しそうに頷いた。
「いいね!藤宮さんから誘ってもらえるなんて」
二人は並んで歩きながら、今まで話したことのない話題で盛り上がった。隼人の意外な一面や、さくら自身の知らなかった気持ちも発見した。
「実は、僕も藤宮さんと話してみたかったんだ。いつも楽しそうで、素敵だなって思ってた」
隼人の言葉に、さくらの心は温かくなった。
エピローグ カフェからの贈り物
一ヶ月後、さくらは再びカフェ・ウィッシュを訪れた。隼人と手をつないで。
「マスター、ありがとうございました」
「願いは叶いましたか?」
「はい。でも、叶えたのはカフェの力じゃありませんね」
マスターは微笑んだ。
「その通り。魔法の力なんて、最初からありません。あるのは、自分自身と向き合う勇気だけです」
さくらは隼人の手を握り返した。二人の前には、真実に向き合って切り開いた未来が広がっている。
「でも、そのきっかけをくれたこのカフェが、私にとっては本当に魔法の場所です」
雨上がりの夕日が、カフェの窓を優しく照らしていた。