ブラックケーキ ~闇に隠された真実~
第一章 突然の誘い
雨が窓を叩く音が、夜の静寂を破っていた。カルキは机に向かい、明日の大学の課題に取り組んでいた。法学部の三年生である彼は、将来は検察官になりたいと夢見ている、ごく普通の大学生だった。
「正義を貫く。それが僕の信念だ」
カルキは常にそう考えていた。誠実で正義感の強い彼は、友人たちからも信頼されている。しかし、その夜、彼の平穏な日常は終わりを告げることになる。
突然、インターホンが鳴った。時刻は午後十一時を回っている。こんな時間に訪問者がいるとは思えない。カルキは警戒しながらドアを開けた。
「カルキ・サトウさんですね?」
黒いスーツを着た男性が立っていた。年齢は三十代前半くらいだろうか。穏やかな表情をしているが、どこか底知れない雰囲気を醸し出していた。
「はい、そうですが……どちら様でしょうか?」
「私はマッキーと申します。あなたにお話があって参りました」
マッキーと名乗った男性は、にこやかに微笑んだ。
「こんな夜遅くに申し訳ありません。しかし、これは非常に重要な話なのです。少しお時間をいただけませんか?」
カルキは困惑した。見知らぬ人物からの突然の訪問。普通なら断るところだが、なぜかマッキーの言葉には不思議な説得力があった。
「……わかりました。でも、長時間は困ります」
「ありがとうございます。それで十分です」
マッキーは部屋に入ると、ソファに腰を下ろした。カルキも向かいに座る。
「単刀直入に申し上げます。私たちの組織があなたをスカウトしたいのです」
「組織?」
「ブラックケーキという組織です」
カルキは眉をひそめた。聞いたことのない名前だった。
「ブラックケーキ……どのような組織なのでしょうか?」
マッキーは少し考えてから口を開いた。
「表向きには存在しない組織です。しかし、世界中に影響力を持っています。カジノ、金融、情報……様々な分野で活動しています」
「それって……まさか」
カルキの顔が青ざめた。マッキーの説明は、明らかに合法的な組織のものではなかった。
「ご心配は無用です。私たちは単なる犯罪組織ではありません。もっと大きな目的があるのです」
「大きな目的?」
「世界の秩序を維持することです」
マッキーの表情が真剣になった。
「世界には表には出ない問題が山積みです。政府や国際機関では対処できない事案も多い。そういった問題に、私たちは対処しているのです」
カルキは混乱していた。正義感の強い彼にとって、闇組織に関わることなど考えられなかった。
「でも、なぜ僕を?僕は何の特技もない、ただの大学生ですよ」
「あなたには純粋な正義感があります。それが私たちには必要なのです」
マッキーは立ち上がった。
「今すぐ返事をいただく必要はありません。しかし、考えてみてください。本当の正義とは何か、を」
そう言い残すと、マッキーは部屋を出て行った。カルキは一人残され、複雑な思いを抱えていた。
第二章 闇の世界への第一歩
三日後、カルキは再びマッキーと会っていた。今度は都心のカフェでの待ち合わせだった。
「来てくれてありがとう、カルキ」
マッキーは相変わらず穏やかな表情を浮かべていた。
「決心がついたということですね?」
「正直、まだ迷っています。でも……話だけでも聞いてみたいと思って」
カルキは正直に答えた。この三日間、彼は悩み続けていた。正義感の強い彼にとって、闇組織に関わることは本来なら絶対に避けるべきことだった。しかし、マッキーの言葉が頭から離れなかった。
「本当の正義とは何か」
その問いかけが、カルキの心に深く刻まれていた。
「それで十分です。まずは私たちの活動を見てもらいましょう」
マッキーは立ち上がり、カルキを案内した。向かった先は、都心の高級オフィスビルだった。
「ここが私たちの拠点の一つです」
エレベーターで最上階に上がると、そこには想像以上に洗練されたオフィスが広がっていた。
「思っていたような怪しい場所ではありませんね」
カルキは安堵の表情を浮かべた。
「ブラックケーキは確かに表には出ない組織ですが、私たちなりのプロフェッショナリズムを持っています」
オフィスの奥から、一人の男性が現れた。年齢は五十代くらいで、威厳のある雰囲気を持っていた。
「カルキくん、初めまして。私はクジラです」
「クジラ……さん?」
「コードネームです。ブラックケーキでは、安全のため本名は使わないのです」
クジラは穏やかに微笑んだ。
「君がカルキくんか。マッキーから話は聞いている。よく来てくれた」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カルキは緊張しながら挨拶をした。
「今日は簡単なオリエンテーションを行う。君にブラックケーキについて理解してもらうためだ」
クジラは会議室に案内すると、大きなスクリーンに世界地図を映し出した。
「ブラックケーキは世界規模の組織だ。表向きには存在しないが、その影響力は計り知れない」
地図上に赤い点が次々と表示されていく。
「カジノ、金融、情報、物流……様々な分野で活動している。しかし、これらは全て手段に過ぎない」
「手段?」
「私たちの真の目的は、世界の秩序を維持することだ」
クジラの表情が真剣になった。
「政府や国際機関では対処できない問題が世界には山積みしている。テロ、人身売買、違法薬物……これらに対処するため、私たちは存在している」
カルキは困惑した。それは確かに正義の活動のように聞こえる。しかし、その手段が合法的でないことも明らかだった。
「でも、それって法律に反することもあるのでは?」
「その通りだ。しかし、法律で解決できない問題もある。時として、正義のためには法を超えた行動が必要になることもあるのだ」
クジラの言葉に、カルキは深く考え込んだ。
「君の正義感は素晴らしい。しかし、世界はそれほど単純ではない。真の正義を実現するためには、時として汚れ役を買って出る必要もあるのだ」
第三章 初めての任務
カルキがブラックケーキに参加してから一週間が経った。彼は主にデータ整理や資料作成などの事務作業を担当していた。
「カルキ、初めての現場任務だ」
マッキーが声をかけてきた。
「現場任務?」
「人身売買の組織を摘発する。君にはサポートをお願いしたい」
カルキの表情が引き締まった。人身売買は確かに許されない犯罪だ。それを阻止するなら、確かに正義の活動と言えるだろう。
「わかりました。何をすればいいですか?」
「まずは情報収集だ。対象の組織について詳しく調べる必要がある」
マッキーは資料を渡した。
「この組織は東南アジアで活動している。主に若い女性を誘拐し、売春を強要している」
カルキは資料を読み進めた。そこには信じられないような残酷な事実が書かれていた。
「こんなことが……」
「現実は厳しい。しかし、だからこそ私たちが必要なのだ」
マッキーの表情が暗くなった。
「政府は外交的な配慮から、なかなか手を出せない。国際機関も動きが遅い。その間にも犠牲者は増え続けている」
「僕たちがやらなければならないということですね」
「そういうことだ」
カルキは決意を固めた。これは確かに正義の活動だ。法律に触れる可能性があったとしても、やらなければならないことだった。
任務は夜に決行された。カルキは後方支援として、通信機器を使って情報を収集し、チームに伝える役割を担った。
「ターゲット確認。人質は地下室にいる模様」
マッキーの声が通信機から聞こえてきた。
「了解。警察への通報は?」
「作戦完了後だ。証拠を確保してからにする」
カルキは緊張しながら状況を見守った。これが現実の闇組織の摘発現場なのだ。
作戦は成功した。人身売買組織は一網打尽にされ、被害者たちは救出された。その後、匿名の通報により警察が現場に到着し、犯人たちは逮捕された。
「お疲れ様でした」
カルキはほっとした表情を浮かべた。
「どうだった?初めての現場任務は」
マッキーが尋ねた。
「正直、怖かったです。でも……やって良かったと思います」
「そうか。君も立派なブラックケーキのメンバーだ」
マッキーは満足そうに微笑んだ。
しかし、カルキの心には一つの疑問が残っていた。ブラックケーキの活動は確かに正義の活動に見える。しかし、その規模や組織力は一般的な正義の組織を超えているように思えた。
「マッキーさん、ブラックケーキって、一体どれくらいの規模の組織なんですか?」
「それは……まだ君には早い質問だな」
マッキーの表情が曇った。
「でも、いずれ分かることだ。君が成長すれば、必ず真実を知ることになる」
第四章 隠された真実
カルキがブラックケーキで活動を始めてから三ヶ月が経った。彼は様々な任務を通じて、組織の一員として成長していった。しかし、同時に一つの疑問も大きくなっていた。
ブラックケーキの影響力は想像以上だった。世界中の政府や企業に情報網を持ち、時として国際情勢にも影響を与えているようだった。
「こんなに大きな組織が、本当に正義のためだけに存在するのだろうか?」
カルキの疑問は日増しに強くなっていた。
その日、クジラから呼び出しがあった。
「カルキ、君に話しておくことがある」
クジラの表情はいつもより真剣だった。
「ブラックケーキの真の姿について、そろそろ教える時が来たようだ」
「真の姿?」
「君はこれまで、私たちを正義の組織だと思ってきただろう。それは間違いではない。しかし、それが全てではない」
クジラは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「ブラックケーキは確かに世界の秩序を維持している。しかし、それは単なる犯罪組織の摘発ではない。もっと大きな、根本的な秩序の維持なのだ」
「根本的な秩序?」
「世界を裏から支配している五人の存在がある。彼らがブラックケーキの真の創設者だ」
カルキは言葉を失った。世界を支配する五人の存在?それは現実とは思えない話だった。
「信じられないのも無理はない。しかし、これが現実だ」
クジラはカルキの方を振り返った。
「政府、企業、国際機関……これらは全て、表向きの組織に過ぎない。真の権力者は別にいる」
「それが、その五人ということですか?」
「そうだ。彼らは何百年、何千年もの間、世界を陰で支配してきた」
カルキの頭は混乱していた。そんな話が現実にあるのだろうか。
「君が見た私たちの正義の活動も、全てはその五人の意志によるものだ。世界の秩序を維持するため、必要な措置を取っているのだ」
「つまり、僕たちは……」
「世界の真の支配者の手足として働いているということだ」
クジラの言葉に、カルキは愕然とした。自分が正義だと思っていた活動が、実は世界を支配する闇の権力者の意志によるものだったのだ。
「でも、なぜ僕にこんなことを?」
「君の正義感は本物だ。しかし、真の正義とは何かを理解してもらう必要がある」
クジラは再び座った。
「世界には様々な価値観がある。様々な正義がある。それらを調整し、バランスを保つことが必要だ。そのために、私たちは存在している」
「それって……本当に正義なんですか?」
カルキの声は震えていた。
「正義とは何か。それを決めるのは誰か。君はこれまで、それを深く考えたことがあるか?」
クジラの質問に、カルキは答えられなかった。
「君の正義感は素晴らしい。しかし、世界はそれほど単純ではない。時として、小さな正義を犠牲にしてでも、大きな秩序を維持する必要がある」
「僕は……どうすればいいんですか?」
「それは君が決めることだ。しかし、もう後戻りはできない」
クジラの言葉は、カルキの心に重くのしかかった。
第五章 二人の創設者
その夜、カルキは眠れずにいた。クジラから聞いた話が頭から離れなかった。世界を支配する五人の存在。その手足として働いているブラックケーキ。そして、後戻りできない自分の立場。
翌日、マッキーがカルキの元を訪れた。
「昨日の話、聞いたそうだな」
「マッキーさんは、最初から知っていたんですか?」
「もちろんだ。君をスカウトしたのも、その意図があってのことだ」
マッキーは いつもの楽観的な表情を浮かべていたが、どこか影を感じさせた。
「でも、君の正義感は本物だ。それは間違いない」
「本物って言われても……」
「カルキ、君には特別な人物に会ってもらおうと思う」
「特別な人物?」
「ブラックケーキの創設者の一人だ」
カルキは息を呑んだ。世界を支配する五人の中の一人に会うというのか。
「A氏と呼ばれている。彼は……特別な存在だ」
マッキーは車でカルキを案内した。向かった先は、都心から離れた山奥の屋敷だった。
「ここが?」
「A氏の居住地の一つだ」
屋敷は古風な造りで、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
中に入ると、一人の老人が待っていた。年齢は八十代くらいに見えるが、その瞳には深い知性と、何かを見透かすような鋭さがあった。
「カルキくんですね。私がA氏です」
老人の声は穏やかだったが、その存在感は圧倒的だった。
「初めまして……」
カルキは緊張しながら挨拶した。
「緊張することはありません。私も君と同じ、一人の人間です」
A氏は微笑んだ。
「ただし、少し長く生きているだけです。千年以上になりますかね」
「千年……?」
「驚くことはありません。これも技術の一つです」
A氏は立ち上がった。
「君に話しておきたいことがあります。ブラックケーキの本当の目的について」
A氏は庭園に案内した。そこには美しい池と、手入れの行き届いた植物があった。
「世界は混沌としています。人々は各々の正義を主張し、争いを続けている。そのままでは、世界は破滅してしまう」
「それを防ぐために?」
「そうです。私たちは裏から世界を調整し、バランスを保っているのです」
A氏は池の鯉を見つめた。
「時として厳しい決断も必要です。しかし、それは全て、世界の平和のためなのです」
「でも、それって……」
「支配だと思いますか?」
A氏はカルキの方を見た。
「確かに、そう見えるかもしれません。しかし、真の支配とは、支配されていることを感じさせないことです」
「感じさせない?」
「人々が自由に生きていると感じながら、実は大きな秩序の中にいる。それが理想的な社会です」
A氏の言葉に、カルキは複雑な感情を抱いた。
「君の正義感は素晴らしい。しかし、個人の正義と、社会全体の正義は異なることがある」
「僕は……何をすればいいんですか?」
「それは君が決めることです。しかし、もう一人、君に会ってもらいたい人がいます」
A氏は屋敷の奥に案内した。そこには、もう一人の人物がいた。
「Ωです」
その人物は、顔を深いフードで隠していた。性別も年齢も分からない。
「君がカルキか。興味深い」
Ωの声は機械的で、感情を読み取ることができなかった。
「A氏と私は、ブラックケーキの共同創設者です。しかし、私たちの考え方は必ずしも一致しません」
「一致しない?」
「A氏は調和を重視します。私は進化を重視します」
Ωはカルキを見つめた。
「世界は常に変化しています。その変化に対応するため、時として破壊も必要です」
「破壊?」
「古い秩序を壊し、新しい秩序を作る。それが進化です」
Ωの言葉に、カルキは戸惑いを感じた。
「君はどちらを選びますか?調和か、進化か」
「僕には……分からないです」
「それでいいのです。時間をかけて考えてください」
A氏が口を開いた。
「重要なのは、君が自分の意志で選択することです」
第六章 ピンチと救い
カルキがA氏とΩに会ってから数日後、事態は急変した。
「カルキ、大変だ!」
マッキーが血相を変えて現れた。
「どうしたんですか?」
「君の正体がバレた。敵対組織に狙われている」
「敵対組織?」
「ブラックケーキに敵対する勢力だ。君を人質に取って、組織の情報を得ようとしている」
カルキは青ざめた。自分がブラックケーキに関わったことで、身に危険が及ぶとは思わなかった。
「どうすればいいんですか?」
「今すぐ避難だ。安全な場所に移動する」
マッキーは慌ただしく準備を始めた。
しかし、すでに遅かった。オフィスビルの周囲を黒い車が取り囲んでいた。
「囲まれた……」
マッキーの表情が暗くなった。
「君は窓のない会議室に隠れていろ。僕が何とかする」
「でも、マッキーさんは?」
「心配するな。僕はこういうことに慣れている」
マッキーは拳銃を取り出した。普段の楽観的な表情とは全く違う、冷静で鋭い表情だった。
カルキは言われた通り、会議室に隠れた。外からは銃声や怒鳴り声が聞こえてくる。
「マッキーさん……」
カルキは恐怖で震えていた。自分のせいで、マッキーが危険な目に遭っている。
その時、会議室のドアが開いた。敵の一人が侵入してきたのだ。
「見つけたぞ、カルキ・サトウ」
男は拳銃をカルキに向けた。
「大人しくしていろ。お前は人質だ」
カルキは恐怖で動けなかった。これが現実だとは思えない。
「お前のような素人が、なぜブラックケーキにいるんだ?」
男は疑問を口にした。
「僕は……ただの大学生です」
「嘘をつくな!ブラックケーキの重要な情報を知っているはずだ」
男は怒鳴った。
その時、突然部屋の電気が消えた。
「何だ?」
男が戸惑った瞬間、影のような人物が現れた。
「誰だ!」
男が振り返った時には、すでに遅かった。影の人物は瞬時に男を制圧した。
「大丈夫ですか?」
影の人物がカルキに声をかけた。
「あなたは……?」
「ラビットです。あなたを助けに来ました」
ラビットと名乗った人物は、黒い服を着た小柄な人物だった。性別も年齢も分からない。
「なぜ僕を?」
「それは後で説明します。今は逃げましょう」
ラビットはカルキを案内した。不思議なことに、敵に遭遇することなく、ビルから脱出することができた。
「マッキーさんは?」
「彼は大丈夫です。別のルートで脱出しました」
ラビットは車を運転しながら答えた。
「あなたは一体……」
「私は独立した存在です。どの組織にも属していません」
「でも、なぜ僕を?」
「あなたには特別な役割があるからです」
ラビットは意味深な言葉を残した。
「これから、あなたには重要な選択をしてもらうことになります」
第七章 真実の全貌
ラビットに救われたカルキは、都心から離れた安全な場所に隠れていた。マッキーも無事に合流し、一時の平静を取り戻していた。
「今回の襲撃の背後には、ブラックケーキの内部対立がある」
ラビットが説明を始めた。
「内部対立?」
「A氏とΩの方針の違いが、組織内で深刻な分裂を生んでいる」
ラビットは資料を取り出した。
「A氏は現在の秩序を維持しようとしている。一方、Ωは新しい秩序を作ろうとしている」
「それで襲撃が?」
「Ωの派閥が、君を自分たちの側に引き込もうとしたのだ」
マッキーが口を開いた。
「カルキ、君は知らないかもしれないが、君には特別な能力がある」
「特別な能力?」
「君の正義感は単なる性格ではない。もっと根源的なものだ」
ラビットが続けた。
「世界を支配する五人の中には、君と同じ能力を持つ者がいる。君は、その血を引く者の一人なのだ」
カルキは言葉を失った。
「血を引く?」
「五人の創設者の一人、真の正義を司る者の血筋だ」
ラビットの言葉に、カルキは混乱した。
「でも、僕の家族は普通の家族です」
「表面的にはそうだ。しかし、その血筋は特別な意味を持っている」
マッキーが説明した。
「君の正義感の強さ、純粋さ。それは偶然ではない」
「つまり、僕が狙われたのは……」
「君の能力を利用しようとしたからだ」
ラビットが答えた。
「A氏とΩ、どちらも君の力を必要としている」
「僕の力って……何ですか?」
「真の正義を見極める力だ」
ラビットは真剣な表情を浮かべた。
「世界には様々な正義がある。しかし、本当の正義は一つだけだ。それを見極めることができるのが、君の能力だ」
カルキは自分の能力について考えた。確かに、これまで様々な場面で、何が正しいかを直感的に理解することができた。
「でも、僕にはそんな大それた能力があるとは思えません」
「それは君がまだ覚醒していないからだ」
ラビットが言った。
「しかし、時が来れば、君の真の力が発現する」
「時が来れば?」
「世界が真の危機に瀕した時だ」
ラビットは立ち上がった。
「その時、君は重要な選択をしなければならない」
「どんな選択ですか?」
「世界の未来を決める選択だ」
ラビットの言葉は重く、カルキの心に響いた。
「僕一人で、世界の未来を?」
「一人ではない。しかし、君の判断が決定的な影響を与える」
マッキーが補足した。
「カルキ、君はこれまで、自分の正義感を信じてきた。その信念が、今試されている」
「でも、僕にはまだ分からないことが多すぎます」
「それは当然だ。しかし、君には時間がない」
ラビットが窓の外を見た。
「ブラックケーキの分裂は、世界規模の混乱を引き起こしている。君が決断を下さなければ、状況はさらに悪化する」
第八章 最後の真実
翌日、カルキは再びA氏の屋敷を訪れた。今度は、五人の創設者全員が集まっていた。
「カルキくん、よく来てくれました」
A氏が迎えた。
「皆さんに紹介しましょう。こちらが我々の仲間です」
A氏は他の三人を紹介した。しかし、その三人も顔を隠しており、正体は分からなかった。
「君には、最後の真実を教えなければならない」
A氏が口を開いた。
「ブラックケーキの本当の目的は、世界の秩序を維持することだと言った。それは嘘ではない。しかし、それが全てではない」
「全てではない?」
「我々五人は、人類の進化を導く役割を担っている」
Ωが立ち上がった。
「人類は今、重要な分岐点に立っている。このまま現在の道を歩み続けるか、新しい段階に進むか」
「新しい段階?」
「精神的な進化だ」
A氏が説明した。
「人類の意識を高次元に引き上げる。それが我々の究極の目的だ」
カルキは驚いた。世界の支配どころか、人類の進化を導くというのか。
「しかし、その方法について、我々の意見は分かれている」
三人目の創設者が口を開いた。
「A氏は穏やかな進化を望んでいる。Ωは急激な変化を望んでいる」
「そして、君の能力が、どちらの道を選ぶかを決める鍵となる」
四人目の創設者が言った。
「僕の能力が?」
「真の正義を見極める力。それは、人類の進化の方向性を決める力でもある」
五人目の創設者が説明した。
「君が正しいと判断した道が、人類の未来となる」
カルキは圧倒された。そんな重大な責任を背負うことになるとは思わなかった。
「でも、僕には分からないことが多すぎます」
「それでいい。完全に理解してから判断するのでは、時間が足りない」
A氏が言った。
「君の直感を信じなさい。それが君の能力なのだから」
「でも、間違ったら?」
「間違いはない。君の判断が正しいのだ」
Ωが答えた。
「なぜなら、君の能力は宇宙の意志と繋がっているからだ」
「宇宙の意志?」
「全ての存在を包括する、より大きな意識だ」
A氏が補足した。
「君はその意識の代理人として、ここにいる」
カルキは深く考えた。自分にそんな能力があるとは信じ難い。しかし、これまでの経験を振り返ると、確かに直感的に正しい判断をしてきた。
「分かりました。僕なりに判断します」
「それでいい。では、君の判断を聞かせてください」
A氏が待った。
カルキは静かに目を閉じた。心の奥深くで、何かが響いているのを感じた。
「僕は……」
カルキが口を開いた。
「穏やかな進化を選びます。急激な変化は、多くの人を傷つける可能性がある」
「なるほど」
Ωが反応した。
「しかし、穏やかな進化では、真の変化は起こらない」
「でも、それでも人は成長できます。時間をかけて、自分たちの力で」
カルキは続けた。
「強制的な進化ではなく、自発的な成長を」
A氏が微笑んだ。
「素晴らしい判断だ。君の直感は正しい」
「しかし、それでは問題の根本的な解決にはならない」
Ωが反論した。
「根本的な解決よりも、一人一人の幸せの方が大切だと思います」
カルキは自分の信念を述べた。
「世界全体の完璧な秩序よりも、個人の尊厳を尊重したい」
五人の創設者は、しばらく沈黙した。
「決定だ」
A氏が宣言した。
「カルキの判断を採用する。ブラックケーキは、穏やかな進化の道を歩む」
「私は異議を唱える」
Ωが立ち上がった。
「しかし、約束は約束だ。カルキの判断を受け入れよう」
第九章 新たな始まり
カルキの判断から一週間後、ブラックケーキの方針が正式に決定された。組織は穏やかな進化の道を歩むことになった。
「お疲れ様でした」
マッキーがカルキの肩を叩いた。
「まだ実感がありません」
「無理もない。君は世界の未来を決めたのだから」
「でも、これで本当に良かったのでしょうか?」
カルキは不安を口にした。
「君の判断は正しい。僕はそう信じている」
マッキーは いつもの楽観的な表情を浮かべた。
「これからのブラックケーキは、君の理念に従って活動する。個人の尊厳を尊重しながら、世界の平和を維持する」
「僕も、その一員として頑張ります」
カルキは決意を新たにした。
その時、クジラが現れた。
「カルキ、君に新しい任務がある」
「新しい任務?」
「君には、ブラックケーキの新しい理念を組織全体に浸透させる役割を担ってもらいたい」
クジラは資料を渡した。
「これまでのブラックケーキは、秩序の維持を最優先にしてきた。しかし、これからは個人の尊厳も同じく重視する」
「分かりました。精一杯頑張ります」
カルキは資料を受け取った。
「ところで、ラビットさんはどうされたのですか?」
「彼は独立した存在だ。必要な時に現れる」
マッキーが答えた。
「でも、いつか再会できるだろう」
カルキは窓の外を見た。都市の景色が広がっている。その中で、多くの人々が生活している。
「この人たちの平和な生活を守る。それが僕たちの使命ですね」
「そうだ。そして、君がその理念を示してくれた」
クジラが微笑んだ。
「カルキ、君の旅はまだ始まったばかりだ」
エピローグ 正義の意味
それから数ヶ月後、カルキは大学に復学していた。表向きには普通の大学生として生活しているが、同時にブラックケーキの一員としても活動していた。
「カルキ、レポートの締切は明日だぞ」
友人が声をかけてきた。
「あ、忘れてた」
カルキは慌てて教科書を開いた。法学の勉強も続けている。検察官になりたいという夢は変わらない。
「でも、今は違う意味で正義について考えている」
カルキは心の中で思った。
正義とは何か。それは単純な善悪の判断ではない。多様な価値観を尊重し、バランスを取ることだ。
「そして、時として汚れ役を引き受けることも必要だ」
カルキは苦笑した。
その夜、マッキーから連絡があった。
「新しい任務がある。人身売買組織の摘発だ」
「分かりました。すぐに向かいます」
カルキは着替えて、ブラックケーキの一員として行動を開始した。
現場では、以前と同じように被害者の救出作業が行われていた。しかし、今回は新しい方針に従って、犯人たちの人権も尊重された取り扱いがされていた。
「以前より時間はかかるが、これが正しい方法だ」
マッキーが言った。
「はい。急がば回れ、ですね」
カルキは微笑んだ。
作戦終了後、カルキは星空を見上げた。
「僕は正しい選択をしたのだろうか」
その時、どこからともなく声が聞こえた。
「正しい選択などない。あるのは、自分が信じる道を歩むことだけだ」
振り返ると、ラビットが立っていた。
「ラビットさん!」
「久しぶりですね、カルキ」
ラビットは微笑んだ。
「君の成長を見守っていました」
「僕は成長したのでしょうか?」
「十分に。君は真の正義とは何かを理解した」
ラビットは空を見上げた。
「正義とは、完璧な答えではない。常に問い続け、模索し続けることだ」
「問い続ける……」
「そうです。君の旅は続きます。これからも、自分の信念を貫いてください」
ラビットは振り返った。
「そして、忘れないでください。君は一人ではない」
そう言うと、ラビットは闇の中に消えていった。
カルキは再び空を見上げた。無数の星が輝いている。
「僕の旅は続く。正義を求めて、真実を求めて」
カルキは決意を新たにした。
ブラックケーキという闇組織の一員として、そして一人の人間として、彼の戦いは続いていく。
世界の真の平和を求めて、真の正義を実現するために。
それが、カルキ・サトウという青年の、終わりなき旅の始まりだった。
「でも、きっと正解にたどり着ける。みんなと一緒なら」
カルキは微笑みながら、夜の街に歩いていった。
その後ろ姿は、どこか頼もしく、そして希望に満ちていた。
真の正義を求める青年の物語は、これからも続いていく。