光る石
「お父さん、あの石、また光ってるよ。」
小さな蟹の兄弟のうち、弟が水底の奥を指さしました。そこには青白い光を放つ不思議な石が、水草の陰でひっそりと輝いていました。
「ああ、あの石かい。」お父さん蟹は大きなはさみでひげを撫でながら答えました。「あれはな、昔からここにあるんだ。月の光が強い夜にだけ光るのさ。」
兄の蟹は興味深そうに目を輝かせました。「お父さん、あの石に近づいてもいい?」
「だめだよ。」お父さんは首を振りました。「あの石の周りには強い流れがあるんだ。君たちにはまだ危険すぎる。」
不思議な出会い
しかし、好奇心旺盛な兄弟は、ある日こっそりと光る石に近づいてみることにしました。お父さんが昼寝をしている間に、そっと巣穴を抜け出したのです。
「クラムボンも一緒に来るかい?」弟が水中を漂う小さな泡たちに声をかけました。
「クラムボンは笑ったよ。」
「クラムボンは踊ったよ。」
泡たちは楽しそうに答えて、兄弟の後をついてきました。
石に近づくにつれて、水の流れが強くなってきました。しかし、不思議なことに、その光に照らされると、兄弟の体が軽やかになったのです。
石の秘密
「この石、温かいね。」弟が石に触れると、そこから美しい音色が響きました。それは水琴窟のような、澄んだ音でした。
すると、石の中から小さな光の粒がたくさん舞い上がりました。それらは音に合わせて踊るように水中を漂い、やがて川面へと昇っていきました。
「あの光たち、どこへ行くんだろう?」兄が呟きました。
そのとき、頭上から甘い香りが漂ってきました。見上げると、やまなしの実が水面に浮かんでいるのが見えました。
「あ、やまなしだ!」
兄弟は手を取り合って、ゆっくりと水面に向かって泳いでいきました。光る石から放たれた光の粒たちが、まるで道しるべのように二匹を包み込んでいました。
やまなしの贈り物
水面近くまで上がってくると、やまなしの実が金色に輝いているのが見えました。それはまるで、光る石の力を受けて特別な実になったかのようでした。
「これを持って帰ろう。」兄が言いました。「きっとお父さんも喜ぶよ。」
二匹は協力してやまなしの実を運び、光る石の前まで戻ってきました。不思議なことに、やまなしの実もまた淡い光を放ち始めました。
「クラムボンも喜んでるよ。」
「クラムボンも光ったよ。」
泡たちも嬉しそうに歌いながら、兄弟の周りを舞い踊りました。
帰り道
家に帰ると、お父さんは心配そうに待っていました。
「どこへ行っていたんだい?」
「光る石を見に行ったんだ。」兄が正直に答えました。「そしてこれを見つけたよ。」
やまなしの実を見せると、お父さんの目が大きくなりました。
「これは...特別なやまなしだね。光る石の力を受けた実だ。」
お父さんは優しく微笑みました。「君たちは勇敢だったね。でも、今度からは一人で危険な場所に行かないと約束してくれるかい?」
「約束するよ、お父さん。」
その夜、三匹は特別なやまなしの実を分けて食べました。それは今まで味わったことのない、甘くて不思議な味がしました。食べ終わると、みんな幸せな気持ちで眠りにつきました。
新しい伝説
それから毎月、満月の夜になると、兄弟は光る石を遠くから眺めるようになりました。そして時々、石の周りに新しいやまなしの実が現れることを発見しました。
「きっと光る石は、川の生き物たちを見守ってくれているんだね。」弟が言いました。
「うん。僕たちも、いつかあの石を守る役目を担うんだろうね。」兄が答えました。
クラムボンたちも、今日も楽しそうに川底で踊っています。光る石の優しい光に包まれながら、小さな生き物たちの平和な日々は続いていくのでした。
川は今日も静かに流れ、やまなしの実は季節になると甘い香りを運んでくれます。そして光る石は、月夜の晩に今も優しく輝いているのです。
原作小説
- 原作小説名
- やまなし
- 原作作者
- 宮沢 賢治
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card472.html