走れメロス ~その後の物語~
第一章 十年後の再会
メロスがあの約束を果たしてから、もう十年が経とうとしていた。シラクスの街は平和を取り戻し、暴君ディオニスも心を改め、今では賢明な王として民に愛されている。
メロスは故郷の村で羊飼いとして静かに暮らしていた。あの日のことは、まるで遠い夢のように思えることもあった。しかし、胸に刻まれた友情の記憶は、時が経っても色褪せることはなかった。
ある秋の日、メロスの元に一通の手紙が届いた。シラクスの王宮からの使者が持参したものだった。
「メロスよ、久しぶりだな。私はセリヌンティウス。君を覚えているだろうか?今、私は王の側近として働いている。どうか、シラクスまで来てくれないか。君に頼みたいことがあるのだ」
メロスの心は躍った。あの親友が、今も自分を覚えていてくれたのだ。
第二章 新たな試練
シラクスに到着したメロスを、セリヌンティウスは温かく迎えた。十年の歳月は彼を落ち着いた大人の男性に変えていたが、その瞳には変わらぬ優しさがあった。
「メロス、実は困ったことが起きているのだ」セリヌンティウスは深刻な表情で切り出した。「隣国のアテネで、若い王子が人質として捕らえられている。その王子の名はアレクサンドロス。彼は民を愛する心優しい青年だが、重臣たちの陰謀により、暴君の汚名を着せられてしまった」
「それで、私に何ができるというのか?」
「君の走りと、その真っ直ぐな心だ。アレクサンドロス王子を救い出してくれないか。しかし、これは王の命令ではない。私個人の願いだ」
セリヌンティウスは続けた。「王子は三日後の日没までに、アテネの議会で弁明の機会を与えられる。それまでに彼を救い出し、真実を明かさなければ、彼は処刑されてしまう」
第三章 新しい仲間
メロスは迷わず引き受けた。しかし、今度は一人ではなかった。セリヌンティウスも一緒に来ると言い張ったのだ。
「前回は君一人に辛い思いをさせた。今度は、私も一緒に走らせてくれ」
二人はアテネへの道のりを急いだ。途中、彼らは一人の少女と出会った。名前はイレネ。アレクサンドロス王子の妹だった。
「お兄様を助けてください」イレネは涙を流しながら懇願した。「お兄様は本当に優しい人なのです。きっと重臣たちの罠にかかったのです」
メロスとセリヌンティウスは、イレネも一緒に連れて行くことにした。彼女の兄への愛情は、二人の心を強く動かしたのだ。
第四章 真実の発見
アテネの城下町で、三人は情報を集めた。すると、驚くべき事実が判明した。アレクサンドロス王子を陥れたのは、彼の叔父であるデメトリオスだった。デメトリオスは王位を狙い、甥を排除しようと企んでいたのだ。
「証拠はあるのか?」メロスが尋ねた。
「城の図書館に、デメトリオスの陰謀を記した文書が隠されているという噂があります」とある老人が教えてくれた。「しかし、その場所は厳重に警備されています」
イレネが立ち上がった。「私が行きます。城の中なら、私が一番よく知っています」
第五章 それぞれの使命
三人は役割を分担した。イレネが証拠を探している間、メロスは王子が囚われている牢獄へ、セリヌンティウスは議会の準備を進めることにした。
メロスは夜陰に紛れて牢獄に忍び込んだ。そこで出会ったアレクサンドロス王子は、噂通り心優しい青年だった。
「なぜ、見知らぬ私のために、そこまでしてくれるのですか?」王子は驚いた。
「かつて、私も友に救われました。今度は、私が誰かを救う番です」メロスは微笑んだ。
一方、イレネは兄の無実を証明する決定的な証拠を見つけることに成功した。デメトリオスが密かに交わした外国との密約書だった。
第六章 最後の走り
約束の時間が迫っていた。三人は議会場へと急いだ。しかし、デメトリオスの手下たちが行く手を阻んだ。
「セリヌンティウス、王子とイレネを頼む!」
メロスは再び走った。十年前と同じように、全力で。しかし今度は、友のため、そして正義のために。
議会場では、すでに王子の裁判が始まっていた。デメトリオスが偽りの証拠を示し、王子を糾弾している。
「待て!」
メロスが議会場に飛び込んできた。そしてイレネが持参した証拠を高く掲げた。
「これが真実だ!アレクサンドロス王子は無実である!」
第七章 新しい絆
真実が明かされ、アレクサンドロス王子は無罪を勝ち取った。デメトリオスは自らの罪を認め、国外追放となった。
王子はメロス、セリヌンティウス、そしてイレネに深く感謝した。
「あなたたちのおかげで、私は命を救われただけでなく、真の友情とは何かを学びました」
セリヌンティウスがメロスの肩に手を置いた。「君は変わらないな、メロス。相変わらず、人のために走り続けている」
「君がいてくれたから、今度は一人じゃなかった」メロスは微笑んだ。「友情は、時間が経っても強くなるものなんだな」
第八章 それぞれの道
アテネでの騒動が終わり、それぞれが自分の道を歩むことになった。アレクサンドロス王子は真の王として国を治め、イレネは兄を支えて良き王妹となった。
メロスは再び故郷の村に戻り、セリヌンティウスはシラクスで王の側近として働き続けた。しかし、二人の友情は距離を超えて続いた。
毎年、春になると、メロスはシラクスを訪れた。そしてセリヌンティウスと共に、あの日の思い出を語り合った。
「メロス、君は知っているか?」セリヌンティウスがある日言った。「あの時、君が走っている間、私はずっと君を信じていた。たとえ世界中の人が諦めても、君だけは絶対に諦めないと」
「私も同じだった」メロスは答えた。「君がいると知っていたから、最後まで走り続けることができた」
エピローグ 永遠の友情
二十年後、メロスとセリヌンティウスは共に白髪の老人となっていた。しかし、その友情は若い頃と何も変わらなかった。
アレクサンドロス王は賢明な君主となり、イレネは美しい王妃として隣国に嫁いでいた。二人とも、メロスたちのことを生涯忘れることはなかった。
「走れメロス」の物語は、こうして新しい世代に語り継がれていく。真の友情と信頼の物語として、永遠に。
夕日が沈む頃、メロスとセリヌンティウスは丘の上で語らっていた。
「もし、もう一度あの時に戻れるとしたら、君はどうする?」セリヌンティウスが尋ねた。
「もちろん、また走るさ」メロスは迷わず答えた。「君のために、そして正義のために」
「私も、また君を信じて待つよ」
二人は微笑み合った。真の友情は、時を超えて永遠に続くのだ。
終わり
原作小説
- 原作小説名
- 走れメロス
- 原作作者
- 太宰 治
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1567.html