禅智内供の新たな苦悩:短き鼻の効用
禅智内供が、念願叶って短くなった鼻を手に入れてから数日。池の尾の寺では、彼の鼻をめぐる噂が絶えなかった。しかし、その噂は内供が予想していたような賞賛の声ではなかった。
「あの内供様の鼻、ずいぶんお短くなりなさったな」
「ええ、しかし、なんだか見慣れないせいか、前よりも滑稽に見えるのう」
ひそひそと交わされる言葉の端々には、以前にはなかったような、遠慮のない嘲りが含まれているように内供には感じられた。かつて、長い鼻を嘲笑されても、そこにはどこか同情のようなものが混じっていた。しかし、今は違う。皆、明らかに面白がっているのだ。
変貌する態度、深まる孤独
内供は、短くなった鼻がもたらす周囲の態度の変化に戸惑った。以前は、食事の際に鼻を持ってもらうなど、何かと世話を焼いてくれていた弟子たちも、今ではどこか距離を置いているように見える。特に、かつて内供の鼻を粥の中に落としたことで叱られた中童子は、内供とすれ違うたびに、口元を抑えて笑いを堪えているのが見て取れた。ある日など、寺の庭で遊んでいた中童子が、内供の鼻を真似て、自分の短い鼻を指差して笑っているのを目撃し、内供は思わず彼を叱りつけてしまった。
「お前たち、なぜそのような無礼な真似をするのだ!」
内供の怒声に、中童子は怯んで逃げていったが、内供の心には、以前にも増して深い孤独感が募っていった。鼻が長かった頃は、確かに不便ではあったが、それでも人々は内供の鼻を憐れみ、敬意を払っていた。だが、短くなった鼻は、ただ単に嘲笑の対象でしかないように思われた。
戻りし鼻、戻りし心
ある嵐の夜、内供は寝床の中で、鼻の違和感に気づいた。鼻がむず痒く、水気を帯びたように腫れている。翌朝、目覚めると、寺の庭は一面の黄金色に染まっていた。そして、内供は自分の鼻に手をやった。そこに触れたのは、昨日までの短い鼻ではない。上唇から顎の下まで、五、六寸もぶら下がっている、あの見慣れた長い鼻だった。
内供は、鼻が元に戻ったことに、奇妙な安堵を感じた。そして、同時に、彼の心にも、以前のような晴れ晴れとした気持ちが戻ってきたのだ。人々は再び、彼の鼻を憐れみ、同情の眼差しを向けるだろう。嘲笑は、以前のような、どこか優しいものに戻るに違いない。
「これで、もう誰も笑うまい」
内供は、秋風になびく長い鼻をぶらつかせながら、心の中でそう呟いた。短くなった鼻は、彼から人々の同情を奪い、彼の自尊心をさらに深く傷つけた。しかし、元の長さに戻った鼻は、再び彼に、人々の憐れみと、わずかながらも自尊心を回復させてくれるだろう。内供は、自身の鼻の長さに一喜一憂する、人間の心の複雑さを、改めて噛みしめていた。
原作小説
- 原作小説名
- 鼻
- 原作作者
- 芥川 竜之介
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card42.html