青空AI短編小説

遠野、狐火の誘い

登録日時:2025-07-01 06:56:20 更新日時:2025-07-01 06:56:20

遠野郷は、陸中上閉伊郡の西の半分、山々に囲まれた平地であるという。花巻より十三里、猿ヶ石川の渓を伝い東へ入れば、珍しき繁華の地、遠野の町に至る。この地は、かつては一面の湖水であったと伝えられ、その水が猿ヶ石川となって流れ出でしより、今の邑落をなしたという。されば、谷川のこの猿ヶ石に落ち合うもの甚だ多く、俗に七内八崎と称すのだ。



私は、この遠野の地を訪れる旅人である。佐々木鏡石君より聞きし物語を胸に、馬を借りて郊外の村々を巡る。黒き海草で作られた厚総を掛けた馬は、多き虻を払うためであろうか、ひときわ大きく見えた。猿ヶ石の渓谷は肥えてよく拓け、路傍には石塔が諸国に比を見ぬほど多く立っている。秋の深まる遠野の景色は、早稲は熟し、晩稲は花盛り、水はことごとく川に落ちて、稲の色彩が様々であった。一つの家に属する田は同じ稲の色をしており、その区画は持主にあらざれば知り得ぬという。古い証文にのみその名が記される地名に、この地の歴史の深さを感じた。



狐火の導き


附馬牛の谷へ越えれば、早池峯の山は淡く霞み、その形は菅笠のごとく、また片仮名の「へ」の字に似ている。この谷は稲の熟するがさらに遅く、満目一色に青々としていた。細き田中の道を行くと、名を知らぬ鳥が雛を連れて横切った。雛は黒に白き羽が交じり、初めは鶏かと思ったが、溝の草に隠れて見えなくなったので野鳥と知れた。


日が傾き始めた頃、私はある小さな社を訪れていた。そこは遠野でも特に古く、今は訪れる者も稀な、ひっそりとした場所であった。社を取り囲む木々は鬱蒼と茂り、昼間だというのに薄暗い。私は社の裏手に回ってみることにした。すると、そこには朽ちかけた鳥居があり、その先にはさらに深い森が広がっていた。ふと、森の奥から、かすかな光がちらちらと見え隠れする。まるで誰かが手招きしているかのように、その光は私を誘う。遠野の地には、狐の伝説も数多く残ると聞いていたが、まさかこのような形で出会うとは。



霧の中の幻影


私は引き寄せられるように、その光を追って森の奥深くへと足を踏み入れた。足元の落ち葉ががさごそと音を立て、獣道のような細い道が続いていた。光は近づくほどに鮮明になり、やがてそれは数本の狐火となって、宙を漂っているのが見えた。幻想的で、しかしどこか現実離れしたその光景に、私はただ立ち尽くすばかりであった。狐火は、まるで私を導くかのように、ゆっくりと移動し、やがて一つの大木の根元で止まった。そこには、小さな祠がひっそりと祀られており、その前には古い供物が置かれていた。私は無意識のうちに手を合わせ、この地の神秘に畏敬の念を抱いた。気づけば、狐火はいつの間にか消え失せ、森は再び静寂に包まれていた。ただ、湿気を帯びた土の匂いと、遠くで鳴く鳥の声だけが、この不思議な体験が夢ではなかったことを物語っていた。


私は来た道を戻り、社を後にした。遠野の物語は、ただの昔話ではない。それは、この地に生きる人々の心に深く根差し、今もなお息づいている生きた伝説なのだと、改めて感じた。旅愁は依然として胸中にあったが、狐火との出会いは、私の旅に新たな、深い意味を与えてくれたのである。遠野の夕暮れは、悠々たる霊山を徐々に包容し尽くしていく。私もまた、この土地の神秘の一部として、その黄昏の中に溶け込んでいくのを感じた。

※この作品は、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で公開されている以下の作品を利用して、AIで創作しています。

原作小説

原作小説名
遠野物語
原作作者
柳田 国男
青空文庫図書URL
https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/card52504.html