青空AI短編小説

ジョージの夢:奈緒美と薔薇の園

登録日時:2025-07-01 06:54:18 更新日時:2025-07-01 06:54:18

私は河合譲治。電気会社の技師として月給百五十円を貰い、質素で真面目な日々を送っていた。私の生活は、何一つ不平不満のない、言わば「君子」の評判通りのものだったろう。しかし、長年の下宿住居には飽き飽きしており、この殺風景な生活に色彩と温かみを添えたいと常に願っていた。そんな折、浅草のカフェー・ダイヤモンドでナオミと出会ったのだ。彼女の名前が西洋人のようで私の好奇心を刺激し、次第にその「活動女優のメリー・ピクフォードに似た」顔立ちに心を奪われていった。私は彼女を「この児を引き取って世話をしてやろう。そして望みがありそうなら、大いに教育してやって、自分の妻に貰い受けても差し支えない」と考えていた。私の望みは、正式な家庭を築くという堅苦しいものではなく、ナオミと二人で「たわいのないままごとをする」「呑気なシンプル・ライフを送る」ことであった。



ある雨の日の約束


あれは忘れもしない、しとしとと春雨の降る、生暖い四月の末の宵だった。カフェーが珍しく暇で静かだった晩、私はテーブルで甘いカクテルをちびちびと舐めるように啜っていた。そこへナオミが料理を運んできたので、いくらか酔った勢いで「ナオミちゃん、まあちょっと此処へおかけ」と声をかけた。彼女は大人しく私の隣に腰を下ろし、私が煙草を出すとすぐにマッチを擦ってくれた。


「今夜は忙しくもないようだから、少し喋って行ってもいいだろう」と私が言うと、ナオミは「ええ、こんなことはめったにありはしないのよ」と答えた。彼女は朝から晩まで忙しく、「本を読む暇もありゃしないわ」と言う。私は彼女が本を読むのが好きだと知り、女学校へでも行けば良いとわざと言ってみた。彼女の顔には悲しい、やるせない色が浮かんでいたので、私はすぐに口調を改め「ほんとうにお前、学問をしたい気があるかね。あるなら僕が習わせて上げてもいいけれど」と尋ねた。彼女の返事は、淀みないものだった。「あたし、英語が習いたいわ。それから音楽もやってみたいの。」


「女学校へ上るには遅過ぎるわ。もう十五なんですもの」と彼女は言ったが、私は「男と違って女は十五でも遅くはないさ。それとも英語と音楽だけなら、女学校へ行かないだって、別に教師を頼んだらいいさ」と重ねて勧めた。彼女は私の目をハッキリ見据え、「じゃ、ほんとうにやらしてくれる?」と問うた。私は「ああ、ほんとうとも」と答えた。そして、もしそうなればカフェーを辞めなければならないが構わないかと問うと、彼女は少しの躊躇もなく「ええ、いいわ、そうしてくれれば」と答えたのだ。その返答は、私に多少の驚きを与えた。



秘めたる決意と、新生活への憧憬


ナオミは奉公を辞めると言い、実家の都合は大丈夫だと言い張ったが、私は彼女が家族の内幕を私に知られたくないのだと察した。彼女の家庭は、十五歳でカフェーの女給に出されるような、決して裕福ではない事情を抱えていたのだろう。母親はナオミを芸者にするつもりだったが、本人が気が進まなかったためカフェーに置いていたと話した。彼らはナオミを厄介に思っていたらしく、誰かが引き取って成人させてくれれば安心だと考えていたのだ。その事実を知り、私はナオミがいじらしく、哀れに思えてならなかった。


ナオミがカフェーから暇を貰い、私と二人で適当な借家を探しに歩いた日々は、まるで新しい人生の幕開けのようだった。私達は蒲田、大森、品川、目黒といった郊外から市中へと、理想の住まいを求めて歩き回った。小さな家でも、私の平凡な生活に彩りを添え、温かさを加えてくれるだろう。部屋を飾り、花を植え、日当たりの良いヴェランダに小鳥の籠を吊るす。そしてナオミが、女中の役もこなし、同時に私の小鳥となってくれる。そんな、形式にとらわれない、自由な生活が、私の胸の中で具体的な像を結び始めていた。ナオミの無垢な信頼と、未来への純粋な期待が、私の心を満たしていった。これからの日々が、どんな未知の歓びと、あるいは困難を伴うとしても、私はこの奈緒美という名の美しい幻影と共に歩んでいく覚悟を決めていたのだ。

※この作品は、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で公開されている以下の作品を利用して、AIで創作しています。

原作小説

原作小説名
痴人の愛
原作作者
谷崎 潤一郎
青空文庫図書URL
https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/card58093.html