画家の旅、新たな色彩を求めて
山間の温泉宿での滞在を終え、私は再び旅路についた。あの、那美さんの「憐れ」の表情が、いまだ私の脳裏に焼き付いている。芸術家として、私は常に「非人情」の世界を求めてきた。俗世のしがらみから離れ、ただ美を追求する。しかし、那美さんのあの瞬間は、私の哲学に一石を投じたかのようだった。
汽車に揺られながら、窓の外に流れる景色を眺める。緑豊かな田園風景、遠くに見える山々、そして、その間に点在する小さな集落。どれもが絵になる光景だ。だが、私は今、ただ風景を描くことだけでは満足できない自分がいることに気づいていた。
「非人情」と「人情」のはざま
宿で出会った人々、特に那美さんとの交流は、私の「非人情」の殻を少しだけ破ったのかもしれない。彼女の持つ、複雑で奥深い「人情」が、私の感性を揺さぶったのだ。私は、本当に心の底から「憐れ」の感情を理解できたのだろうか。いや、まだ、ほんの入り口に立ったに過ぎない。しかし、その入り口は、これまで私が意識的に避けてきた、新たな芸術の領域へと続く道であるように思えた。
私は、スケッチブックを開き、ペンを走らせる。描かれるのは、具体的な風景ではなく、心象風景。那美さんの「憐れ」を宿したあの瞳、そして、その背景にある、彼女の人生の物語。それらを、どうすれば絵に表現できるのだろうか。それは、これまでの私の画業にはない、新たな挑戦となるだろう。
「わかる」ことの深淵
汽車は、小さな駅に停車した。旅人が乗り降りし、それぞれの目的地へと向かっていく。人生とは、このように、いくつもの駅を通過し、様々な出会いを経験していくものなのだろう。私は、ただ傍観者として、その流れを眺めているだけではいけない。もっと深く、人々の心の奥底にある「わかる」ことの意味を探求しなければならない。
再び汽車が動き出す。私は、窓の外の景色に目を向けた。これまで見慣れたはずの風景が、ほんの少しだけ違って見える。それは、私の内面に生まれた、新たな「視点」のせいかもしれない。私は、まだ「草枕」の旅の途中だ。しかし、この旅が、私の芸術と、そして私自身の人生に、これまでとは異なる色彩を与えてくれることを、私は予感していた。
原作小説
- 原作小説名
- 草枕
- 原作作者
- 夏目 漱石
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card776.html