藤壺の宮の憂愁
光源氏が、亡き桐壺更衣の面影を追い求め、藤壺の宮に心を寄せるようになって久しい。宮は、帝の寵愛を受けながらも、源氏の熱烈な想いに対し、常に心を悩ませていた。ある春の夕暮れ、藤の花がたわわに咲き乱れる中、宮はひとり庭を眺めていた。花の香りが、かえって彼女の胸を締め付けるように感じられた。
源氏の君の、あまりにも純粋で、しかし同時に危ういほどの情熱。それは、宮の心に波紋を投げかけずにはいられなかった。帝の御子を産み、その立場を重んじなければならない身でありながら、源氏の君の眼差しは、常に彼女を捉えて離さない。宮は、自らの立場と、源氏の君への、禁じられた情念との間で、深く葛藤していた。
夢幻の逢瀬の残響
あの夜の夢幻のような逢瀬が、宮の脳裏に鮮やかに蘇る。満月が煌々と輝く夜、忍び込んできた源氏の君の、熱い吐息と、切なる願い。理性では抗いがたい衝動が、確かに彼女の心にも芽生えていたことを、宮は知っていた。それは、決して許されることのない、罪深い感情。
しかし、源氏の君の、あの孤独な眼差しを思い出すたびに、宮の胸は締め付けられる。彼は、亡き母の面影を宮に重ね、癒しを求めているのだ。その純粋なまでの渇望に、宮はどこまで抗うことができるだろうか。その想いが、やがて、取り返しのつかない事態を招くのではないかという予感が、宮の心を重くした。
秘めたる想いの行方
風が吹き、藤の花びらがはらはらと舞い落ちる。宮は、その花びらのように、はかなく散っていく自らの運命を思った。この禁じられた恋が、いったいどこへ向かうというのだろう。帝への忠誠、そして、自らの立場。その全てを犠牲にしてまで、源氏の君の情愛に応えることは、決してできない。だが、彼の心を完全に拒むことも、今の宮にはできなかった。
宮は、そっと目を閉じ、深く息を吐いた。夜空には、静かに星々が瞬いている。彼女の心に秘められたこの想いは、果たして、いつか日の目を見ることはあるのだろうか。それとも、このまま闇の中に葬り去られるのだろうか。源氏の君と藤壺の宮。二人の秘められた運命は、まだ始まったばかりだった。
原作小説
- 原作小説名
- 源氏物語
- 原作作者
- 紫式部
- 青空文庫図書URL
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