少年探偵団、新たなる挑戦
太陽が西に傾き、東京の街に長い影を落とす頃、少年探偵団の秘密基地には、いつになく緊張した空気が漂っていた。明智探偵が怪人二十面相を追い詰めたあの事件から数週間、平和な日々が続いていたはずだった。しかし、その平和は突如として破られた。
「明智先生、ご覧ください!」小林少年が息を切らして駆け込んできた。その手には、奇妙な手紙が握られている。それは、精巧な切り絵で飾られた、まるで子どもの遊びのような、それでいてゾッとするほど不気味なものだった。
明智探偵は、その手紙を一瞥すると、いつもの冷静な表情の奥に微かな驚きを浮かべた。「これは……まさか。」
謎の挑戦状
手紙には、こう記されていた。
「親愛なる明智探偵、そして勇敢なる少年探偵団の諸君。前回の対決では、君たちの見事な手腕に感服した。だが、私の芸術はまだまだ尽きぬ。今宵、月が最も高く昇る刻限、東京のシンボルに新たな傑作を飾ろう。もし、それが何であるか、そしてどこに現れるかを見破ることができれば、君たちの勝利を認めよう。怪人二十面相より」
少年探偵団の面々は、その挑戦状に沸き立った。二十面相は捕らえられたはずではなかったのか? それとも、これは模倣犯の仕業なのか? 小林少年は興奮を隠しきれない様子で言った。「先生、これは僕たちへの挑戦ですよ! 絶対に見つけてみせます!」
明智探偵は静かに目を閉じ、思考を巡らせた。二十面相の行動原理は常に予測不可能であり、その芸術性にはどこか一貫した美学がある。彼はただ盗むだけでなく、常に観客を意識し、劇場のような大衆の前でその手腕を披露することを好む。東京のシンボル……。明智の脳裏に、いくつもの建造物が浮かび上がった。
月下の追跡
その夜、少年探偵団は東京タワーのふもとに集結していた。明智探偵は、手紙の文面と過去の二十面相の犯行手口から、次に狙われる場所を東京タワーだと推測していたのだ。観光客がまばらになった展望台には、警察官が厳重な警戒にあたっていたが、二十面相の姿はどこにもない。
「おかしいな、先生。どこにもそれらしいものが見当たりませんよ」小林少年が首を傾げる。その時、明智探偵の耳に、微かな、しかし明瞭な音が届いた。それは、風に乗って運ばれてくる、美しいバイオリンの旋律だった。音は、東京タワーのさらに上、普段は立ち入ることのできない、電波塔の頂上付近から聞こえてくるようだった。
「小林君、あれを見てみろ!」明智探偵が指差す先、月明かりに照らされた電波塔の先端に、何かが輝いている。それは、巨大なダイヤモンドのレプリカだった。しかし、その輝きは、本物のダイヤモンドのようにまばゆい。
「あれは、僕たちが以前取り戻したはずの、あのダイヤモンドのレプリカじゃないですか!」少年探偵団の一人が叫んだ。二十面相は、盗む代わりに、彼の“芸術”を披露するために、模造品を飾ったのだ。しかも、その模造品は、まるで本物のように精巧に作られていた。
警察が動揺する中、明智探偵は冷静に状況を分析した。二十面相は、警察の警戒網をすり抜け、誰も予想だにしなかった場所に、彼の挑戦状を置いたのだ。そして、その場に彼自身はいない。彼の真の狙いは、物理的な盗難ではなく、その大胆不敵な行動によって、明智探偵と少年探偵団の推理力を試すことだったのだ。
次なる予兆
「さすがは二十面相だ。しかし、この挑戦は受けよう」明智探偵は静かに呟いた。電波塔の頂点に輝く模造ダイヤモンドは、まるで不敵な笑みを浮かべているようだった。少年探偵団の面々は、今回の事件に二十面相が直接関与していないことを知り、少し残念そうな顔をした。しかし、同時に、彼らの胸には、新たな謎に立ち向かうことへの期待が膨らんでいた。
「先生、この次は何が起こるんでしょう?」小林少年が明智探偵を見上げる。明智探偵は、夜空に輝く月を見上げながら、不敵な笑みを浮かべた。「さあ、それは二十面相のみぞ知る。だが、私たちは決して立ち止まらない。彼の次なる一手を楽しみにしていようじゃないか。」
怪人二十面相の挑戦は、まだ始まったばかりだった。そして、少年探偵団の新たな冒険も、今、静かに幕を開けたのである。
原作小説
- 原作小説名
- 怪人二十面相
- 原作作者
- 江戸川 乱歩
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/001779/card57228.html