向かい風のコンビニ:僕らの店は、まだ開いたばかり
あらすじ
脱サラして山あいの村で小さな商店を開いた佐藤家。都会から突然の移住に反発する子どもたち、村人の冷たい視線。しかし、ある雨の夜の出来事をきっかけに、家族と村の関係が変わり始める。家族の絆と地域との繋がりを描く再生物語。
第一章「舵を切った日」
「海外赴任、おめでとうございます」
上司の言葉が、頭の中で何度もリピートされる。
僕、佐藤和也は、会議室のドアを閉めた瞬間、携帯を取り出した。妻の美智代にメッセージを送る。
『今夜、大事な話がある』
返信は即座に来た。
『了解。子どもたちには先に夕飯食べさせておくね』
美智代は、いつもそうやって、僕の「大事な話」を察してくれる。
その夜、リビングで向かい合った僕たちは、二時間近く話し合った。
「海外赴任を断って、脱サラする」
僕の言葉に、美智代は少しだけ目を見開いた。でも、驚いた様子はなかった。
「やっと、決心したんだね」
「うん。もう、このタイミングしかないと思った」
祖父が遺してくれた、山あいの古い家。そこでずっと温めていた「自分たちの店」という夢。
「子どもたちは、きっと反対するよ」
「分かってる。でも、説得する」
美智代は、少し笑った。
「私は賛成。和也が本当にやりたいことなら、一緒に頑張る」
その言葉が、僕の背中を押してくれた。
第二章「サトウ商店、開店」
引っ越しの日、結衣と大輝の顔は最悪だった。
「なんで、こんな田舎に来なきゃいけないの!」
中学二年生の結衣は、車の中でずっとスマホを睨んでいた。電波が、途切れ途切れになっていく。
「ゲームできないじゃん……」
小学五年生の大輝も、窓の外を見ながら呟いた。
山道をどんどん登っていく。都会の景色が、緑に覆われていく。
「着いたよ」
僕の声に、二人は無言で車を降りた。
祖父の家は、想像以上にボロかった。庭には雑草が生い茂り、玄関のドアは軋んだ音を立てた。
「うわ、虫!」
結衣が叫んだ。大輝も、顔をしかめている。
「大丈夫、これから綺麗にするから」
美智代が、明るく言った。でも、二人の表情は晴れなかった。
三ヶ月後。
僕たちは、祖父の家の一階部分を改装して、小さなスーパー『サトウ商店』をオープンさせた。
都会的なセンスを意識した店づくり。手書きのポップ、磨き上げた床、整然と並んだ商品。
「よし、これで完璧だ」
開店初日、僕は胸を張った。
でも、お客さんは、ほとんど来なかった。
第三章「亀裂」
「お父さんのせいで、私の人生めちゃくちゃだよ!」
結衣の叫び声が、店の奥の居間に響いた。
夕飯の席。売れ残った惣菜が、テーブルに並んでいる。
「転校先の学校、最悪。誰も話しかけてくれないし、スマホの電波も悪いし」
結衣は、箸を置いた。
「私、もう限界」
大輝も、俯いたまま呟いた。
「ゲーム、できない。友だちとも、遊べない」
美智代が、宥めようとした。
「もう少し、頑張ってみようよ」
「頑張るって、何を?」
結衣が、美智代を睨んだ。
「お母さんだって、本当は嫌なんでしょ? この生活」
美智代は、何も言えなかった。
僕は、ただ黙っていた。
村の老人たちも、僕たちを受け入れてくれなかった。
「前の商店の方が良かったわ」
「余計なもんができた」
そんな声が、聞こえてくる。
客足は、日に日に減っていった。
このままじゃ、店も家族も、崩壊する。
第四章「大雨の夜」
その日は、朝から雨が降っていた。
夕方になっても、雨は止まなかった。風が強くなり、雷が鳴り始めた。
「お客さん、今日は誰も来ないね」
美智代が、レジカウンターで溜息をついた。
「うん。早めに閉めようか」
そう言いかけた時、店のドアが開いた。
びしょ濡れの老人が、よろめきながら入ってきた。
「すみません、助けて……」
村の独居老人、田中さんだった。顔色が悪い。
「田中さん! どうしたんですか?」
僕と美智代は、慌てて駆け寄った。
「体が、動かなくて……」
田中さんは、そのまま倒れ込んだ。
「救急車!」
美智代が、携帯を取り出した。でも、電波が悪い。
「結衣、大輝、来て!」
僕は、二階に向かって叫んだ。
結衣と大輝が、慌てて降りてきた。
「何?」
「田中さんが倒れた。救急車を呼びたいけど、電波が悪い。外に出て、電話してくれ」
結衣は、一瞬躊躇したが、すぐに外に飛び出した。
大輝は、田中さんの側に膝をついた。
「おじいちゃん、大丈夫?」
美智代が、毛布を持ってきた。僕たちは、必死に田中さんを介抱した。
三十分後、救急車が到着した。
田中さんは、無事に病院に運ばれた。
第五章「変化のきっかけ」
翌日、村の人たちが、次々と店に来た。
「昨日は、ありがとう」
「田中さん、助かったって」
「あんたたち、ええ人やなあ」
今まで冷たかった村人たちが、笑顔で話しかけてくれた。
「いえ、当たり前のことをしただけです」
僕は、照れながら答えた。
その夜、家族で話し合った。
「私たち、間違ってたのかもしれない」
美智代が、切り出した。
「自分たちのやり方を、押し付けてた」
結衣も、頷いた。
「確かに。村の人たち、最初から拒否してたわけじゃないのかも」
大輝が、言った。
「おじいちゃんを助けた時、みんな必死だったよね」
僕も、頷いた。
「そうだ。この土地に、溶け込まなきゃいけないんだ」
「それぞれ、得意なことで、店を変えてみない?」
美智代の提案に、みんなが賛成した。
第六章「チームとしての家族」
僕は、村人の要望を聞いて回った。
「配達、してもらえると助かるわ」
「重いもの、持てんからなあ」
そうか。配達サービスだ。
美智代は、地元の野菜を使った「田舎風おむすび」を開発した。
「これ、美味しい!」
村のおばあちゃんたちが、絶賛してくれた。
結衣は、SNSを駆使して店を宣伝した。
「秘境の映えスポット、見つけた」
「こんな素敵な店、あったんだ」
若い人たちが、遠くから来てくれるようになった。
大輝は、店の一角に子どもたちの遊び場と学習スペースを作った。
「ここなら、みんなで遊べる」
村の子どもたちが、集まってくれた。
少しずつ、店が変わっていった。
村のハブ、拠点になっていった。
終章「僕らの店は、まだ開いたばかり」
夕暮れ時。
店の前で、村人たちと笑い合う家族の姿があった。
「サトウ商店、ええ店やなあ」
「あんたたちが来てくれて、良かったわ」
結衣は、学校での居場所を見つけた。大輝も、友だちができた。
経営は、まだまだ楽じゃない。でも、僕たちには「必要とされている」という実感があった。
「ねえ、お父さん」
大輝が、僕の袖を引いた。
「何?」
「この店、ずっと続けるの?」
「うん。みんなで、一緒に」
結衣が、笑った。
「まあ、悪くないかもね。この生活」
美智代が、僕の肩に手を置いた。
「私たち、いいチームだよね」
「ああ。最高のチームだ」
僕たちが手に入れたのは、完璧な店じゃない。
何があっても壊れない、「チームとしての家族」の絆だった。
『サトウ商店』は、まだ開いたばかり。
これから、もっともっと、良い店にしていく。
家族みんなで、一緒に。
―完―