最終章、運命を書き換えるのは私の恋(1)
あらすじ
――その騎士は、物語の最後で必ず死ぬ。 大学の図書館で見つけた一冊の古びたファンタジー小説『暁の騎士団』。主人公の陽菜は、その中に生きる寡黙な騎士・リアムに、現実の誰よりも深い恋をした。毎夜、本を枕元に置いて眠る。すると夢の中で、彼女は物語の住人としてリアムの隣に立つことができた。夢の中で交わす言葉、体温、そして彼が漏らした孤独な本音。次第に夢と現実の境界が溶け始めていく。しかし、残酷な「最終章」の足音は確実に近づいていた。 彼を死なせたくない。愛する人を、定められた悲劇から救い出したい。 読者でしかなかった陽菜のたったひとつの願いが、文字で綴られた運命を塗り替えていく――。「運命なんて関係ない。私は、あなたがいる明日を選びたい」夢と現実が交錯する、一途で純粋な愛の軌跡。
序章:一冊の恋、二つの世界
カフェのテーブルに置いたスマホが震える。また友達からの「飲み会どう?」っていうLINEだ。
「ごめん、今日はバイトで……」
嘘だ。本当は、早く家に帰りたい。
私、桜井陽菜は、今年で大学三年生。ごく普通の文学部生で、ごく普通の友達がいて、ごく普通の毎日を過ごしている。
でも、一つだけ。
誰にも言えない秘密がある。
バッグの中で、いつものように『暁の騎士団』の文庫本が私を待っている。表紙は何度も触ったせいで少しすり減って、栞代わりの付箋がたくさん挟まっている。
この本の世界に、私の初恋がいる。
リアム・フォン・アーデルハイド。
魔王討伐を目指す騎士団の副団長で、銀の髪と蒼い瞳を持つ、完璧な騎士。でも、物語の中盤で致命傷を負って、仲間を庇って死んでしまう。
私がこの本を初めて読んだのは高校二年生の夏。図書館で何気なく手に取った一冊が、私の世界を変えた。
最初はただの推しキャラだった。
かっこいいな、って。守りたいものがある人って素敵だな、って。
でも、ある日、夢の中で彼に会ったんだ。
それは、まるで本当にそこにいるみたいだった。焚き火の匂い、風の音、彼の声。全部、リアルだった。
「君は……誰だ?」
彼が私を見つめて、そう言った。
夢なのに、挿絵よりもずっと格好良くて、驚くほど優しい目をしていた。
それから何度も、夢の中で彼に会いに行くようになった。
でも、問題がある。
リアムは、死ぬ運命にある。
作者が決めた結末は、変わらない。どれだけ読み返しても、彼はあの場面で倒れて、仲間に看取られて、静かに息を引き取る。
「リアム様……」
ベッドに入って、本を抱きしめる。今夜も、また会えるだろうか。
目を閉じると、いつもの感覚が訪れる。体が軽くなって、意識が沈んでいく。
そして――。
「また来たのか」
焚き火の前で剣を研いでいる彼が、顔を上げて微笑む。
「……はい」
私は頷いて、彼の隣に座る。
これが、私の秘密。
本の中の推しが、私の初恋でした。
「陽菜、最近ちゃんと寝てる?」
翌朝、大学の講義の合間に、親友の美咲がジト目で私を見てくる。
「寝てるよ?」
「嘘。クマ出来てるし、ぼーっとしてる時間多いよ」
美咲は心配そうに眉を寄せる。優しい子だ。だからこそ、言えない。
夢の中で、本の世界の騎士に会ってるなんて。
「大丈夫だって。ちょっと読書にハマっちゃって、夜更かししただけ」
「またその本?」
美咲が私のバッグから顔を覗かせている文庫本を指す。
「うん。何回読んでも面白いんだよね」
「でもさ、その推しキャラ、死んじゃうんでしょ? つらくない?」
美咲の言葉が胸に刺さる。
つらい。
とてもつらい。
でも、夢の中で会える今は、まだ彼は生きてる。笑ってる。私と話してくれる。
「……大丈夫。慣れたから」
嘘だ。
慣れるわけがない。
物語はもう終盤に差し掛かっている。魔王との決戦まで、あと数章。
リアムの死まで、時間がない。
「ねえ、陽菜」
美咲が真剣な顔で私を見る。
「もし、その推しを助けられる方法があったら、どうする?」
「……え?」
「だって、陽菜、本気で悲しそうだもん。架空のキャラだって分かってるけど、大切なんでしょ?」
美咲の言葉に、胸が熱くなる。
もし、助けられるなら。
もし、運命を変えられるなら。
「……助けたい」
小さく呟いた私の声を、美咲は優しく受け止めてくれた。
「じゃあ、頑張って。陽菜の恋、応援してるから」
恋。
そうだ。これは、恋なんだ。
本の中の人を好きになるなんて、おかしいかもしれない。
でも、この気持ちは本物だ。
だから今夜も、私は夢の中で彼に会いに行く。
刻一刻と迫る、彼の最期を止めるために。
第一章:ページをめくれば、そこは戦地
その夜、いつもより早くベッドに入った。
枕元に『暁の騎士団』を置いて、ページを開く。今日読むのは第十三章。魔王軍の先遣隊との戦闘シーン。リアムが部下を庇って肩に傷を負う場面だ。
文字を追いながら、まぶたが重くなっていく。
そして――。
「っ!」
目を開けた瞬間、硝煙の匂いが鼻を突いた。
ここは、戦場だ。
遠くで剣と剣がぶつかり合う音。誰かの怒号。地面を揺らす魔法の爆発音。
私は岩陰に身を隠しながら、必死に状況を把握する。いつもと違う。今までの夢は、もっと穏やかな場面ばかりだった。焚き火の前とか、城の中庭とか。
でも今日は、物語が進んでいる。
「左翼、押されてるぞ!」
「魔導師隊、援護を!」
騎士たちの声が飛び交う中、私は彼を探した。
リアム。
どこにいるの。
「――陽菜!?」
聞き慣れた声が、すぐ近くから聞こえた。
振り向くと、銀髪の騎士が血相を変えてこちらに走ってくる。右肩の鎧に、血が滲んでいる。本で読んだ通りの傷だ。
「リアム様!」
「なぜこんな場所に! 危険だ、下がれ!」
彼は私の腕を掴んで、岩陰の奥へと引き寄せる。
こんなに近くで見るのは初めてだった。蒼い瞳には、心配と焦りが混ざっている。汗と土で汚れた顔も、息を切らした様子も、全部が生々しくて、リアルで。
「怪我、してる……」
「これくらい、どうということはない」
リアムは平然と言うけど、傷口から血が滴っている。
「嘘。痛いでしょ」
思わず手を伸ばすと、彼は少しだけ目を見開いた。
「……君は、不思議な人だな」
「え?」
「初めて会った時からそうだ。まるで、私のことを全て知っているような目で見る」
リアムの言葉に、胸が締め付けられる。
知ってる。あなたのこと、全部知ってる。
あなたが仲間思いで、責任感が強くて、誰よりも優しくて。
そして、この先どうなるかも。
「リアム様」
「何だ」
「……絶対に、無茶しないでください」
私の声が震える。
彼は、この戦いの後、さらに無理を重ねていく。傷を押して戦い続けて、仲間を守り続けて、最後には――。
「約束、してください」
「陽菜……」
リアムは困ったように眉を寄せる。
「私は副団長だ。部下を守るのが務めだ。約束はできない」
「でも!」
言葉を続けようとした瞬間、爆発音が響いた。
地面が揺れて、岩が崩れる。
「危ない!」
リアムが私を抱きしめて、体を丸める。岩の破片が降り注ぐ中、彼の背中が私を守ってくれた。
「っ……」
小さく呻く声が聞こえる。背中に、破片が当たったんだ。
「リアム様、大丈夫ですか!?」
「ああ。君は?」
「私は、平気です」
彼の腕の中で、私は必死に涙をこらえる。
ああ、そうだ。
この人は、いつもこうだ。自分のことより、誰かを守ることを優先する。
だから、死んでしまう。
「リアム副団長! 敵の増援です!」
部下の声に、彼は顔を上げる。
「分かった。すぐに行く」
立ち上がろうとする彼の手を、私は掴んだ。
「待って」
「陽菜、離してくれ。私は――」
「分かってます。でも、お願い」
彼の目を見つめる。
「生きて、帰ってきてください」
リアムは一瞬、息を呑んだ。
それから、優しく微笑む。
「……ああ。約束しよう」
嘘だ。
この人、また無理するつもりだ。
でも、今の私には、これ以上何も言えなかった。
「行ってきます」
リアムは剣を抜いて、戦場へと駆けていく。
その背中を見送りながら、私は拳を握りしめる。
このままじゃ、ダメだ。
読者として、ただ見ているだけじゃ、何も変わらない。
夢の中でも、私にできることがあるはずだ。
「リアム様……」
絶対に、死なせない。
あなたを、助ける。
目が覚めたのは、明け方だった。
枕が涙で濡れている。
「……夢、だったのに」
なんでこんなに泣いてるんだろう。
スマホを手に取って、時計を見る。午前五時。まだ大学に行くには早い。
でも、眠れなかった。
ベッドから起き上がって、デスクの上の『暁の騎士団』を手に取る。
第十三章を開く。
そこには、リアムが部下を庇って傷を負う場面が描かれていた。夢で見た通りの展開。でも、私が登場するシーンは、どこにもない。
当たり前だ。私は、この物語の住人じゃない。
ただの読者。
ただの、外野。
「……そんなの、嫌だ」
呟いた声は、誰にも届かない。
窓の外では、朝日が昇り始めていた。
現実の世界は、いつも通り動いている。
でも、私の心は、夢の中の戦場に置いてきたままだった。
「陽菜、やっぱり変だよ」
昼休み、学食で美咲が心配そうに私の顔を覗き込む。
「昨日より顔色悪いし、ご飯も半分しか食べてないじゃん」
「ごめん。ちょっと、色々考えちゃって」
「その本のこと?」
美咲が私のバッグを指す。
「……うん」
「ねえ、陽菜。もしかして、その推しのこと、本気で好きなの?」
美咲の問いかけに、私は頷いた。
「うん。本気で、好き」
「架空のキャラって分かってても?」
「分かってる。でも、好きなんだ」
美咲はしばらく黙っていたけど、やがて優しく笑った。
「そっか。なら、応援する。陽菜の恋、全力で応援するから」
「ありがとう、美咲」
友達の優しさが、少しだけ胸を温めてくれる。
でも、不安は消えない。
物語は、確実に終わりに向かっている。
リアムの死まで、時間がない。
夢の中で会えるのも、あと何回だろう。
「今夜も、会いに行くんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、伝えなよ。好きだって」
美咲の言葉に、顔が熱くなる。
「無理だよ。だって、彼は――」
「架空のキャラでも、陽菜の気持ちは本物でしょ? なら、伝えた方がいいよ」
美咲は真剣な目で私を見る。
「後悔、したくないでしょ?」
その言葉が、胸に刺さった。
後悔。
そうだ。もし何も言わないまま、彼が死んでしまったら。
きっと、一生後悔する。
「……考えてみる」
「うん。頑張って」
美咲は笑顔で私の肩を叩いた。
告白、か。
でも、どうやって。
夢の中の彼に、現実の私の気持ちなんて、伝わるんだろうか。
そもそも、彼は私のことを、どう思ってるんだろう。
不安ばかりが募る中、それでも私は決めた。
今夜、もう一度会いに行こう。
そして、少しずつでいい。
私の気持ちを、伝えていこう。
第二章:虚構と現実の境界線
「陽菜、ちょっといい?」
講義が終わった後、美咲が真剣な顔で私を呼び止めた。
「どうしたの?」
「今日さ、うち来ない? 話したいことがあるんだ」
美咲の部屋は、私の住むアパートから歩いて十分ほどの距離にある。ピンクを基調とした可愛らしい部屋で、何度も遊びに来たことがある。
「はい、紅茶」
マグカップを受け取って、ソファに座る。美咲は向かいの椅子に腰を下ろして、じっと私を見つめた。
「ねえ、陽菜。正直に聞くけど」
「うん」
「その本の世界、夢で見てるんでしょ?」
心臓が跳ねた。
「……なんで」
「だって、おかしいもん。最近の陽菜、ずっとぼーっとしてるし、夜もちゃんと寝てないでしょ。で、起きた時、すごく悲しそうな顔してる」
美咲は優しく、でもはっきりと言った。
「夢の中で、その推しに会ってるんでしょ?」
否定できなかった。
美咲の洞察力は、昔から鋭い。嘘をついても、すぐにバレる。
「……うん」
小さく頷くと、美咲は深くため息をついた。
「やっぱり。でもさ、陽菜。それ、大丈夫?」
「大丈夫って?」
「だって、夢と現実の区別、ついてる?」
美咲の言葉が、胸に突き刺さる。
「区別って……」
「陽菜は今、架空のキャラを好きになってる。しかも、夢の中でしか会えない相手だよ。それって、現実から逃げてるだけじゃないの?」
違う。
そう言いかけて、言葉が出てこなかった。
本当に、違うのだろうか。
「私は、ただ――」
「ただ?」
「……リアム様に、会いたいだけなんだ」
声が震える。
美咲は困ったように眉を寄せた。
「陽菜。私は陽菜のこと心配してるの。だって、このままじゃ――」
「このままじゃ、何?」
「陽菜が、壊れちゃいそうで怖いんだよ」
美咲の目が潤んでいる。
「好きになるのは自由だよ。二次元だろうと三次元だろうと、それは否定しない。でも、陽菜は今、現実を疎かにしてる。授業も上の空、友達との約束もドタキャンばっかり。全部、その夢のせいでしょ?」
言い返せなかった。
確かに、最近の私は夢のことばかり考えていた。リアムに会いたくて、早く眠りたくて、現実のことがどうでもよくなっていた。
「ごめん、美咲……」
「謝らなくていいよ。ただ、聞きたいんだ」
美咲は真っ直ぐ私を見つめる。
「陽菜は、その人を本当に愛してるの? それとも、現実が辛いから逃げてるだけなの?」
部屋に帰ってから、ずっと美咲の言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。
ベッドに座って、『暁の騎士団』を手に取る。
表紙のリアムが、こちらを見ている気がした。
愛してる。
その気持ちは、本物だ。
でも、美咲の言う通り、私は現実から逃げていたのかもしれない。
大学生活は、思ったより孤独だった。高校までと違って、クラスという枠組みがない。友達を作るのも、自分から動かなきゃいけない。
美咲は最初から仲良くしてくれたけど、他の人とはうまく距離を詰められなくて。サークルに入っても、なんとなく馴染めなくて、すぐに辞めてしまった。
バイトも、接客が苦手で長続きしない。
そんな時、図書館で出会ったのが『暁の騎士団』だった。
ページをめくるたび、私は物語の世界に没入していった。そして、リアムに出会った。
彼は優しくて、強くて、誰よりも真っ直ぐで。
私が現実で出会えなかった、理想の人だった。
「……逃げてた、のかな」
呟いた声が、静かな部屋に響く。
でも、たとえ逃げていたとしても。
この気持ちは、嘘じゃない。
「リアム様……」
今夜も、会いに行きたい。
でも、怖い。
美咲の言葉が正しかったら。私は、ただの現実逃避をしているだけだったら。
それでも――。
「会いたいよ」
目を閉じる。
意識が沈んでいく。
夢の世界へ。
目を開けると、そこは城の中庭だった。
噴水の音が静かに響き、月明かりが石畳を照らしている。穏やかな夜だ。
「陽菜」
振り向くと、リアムが立っていた。
右肩の傷は、包帯で覆われている。昼間の戦闘の痕だ。
「リアム様。怪我、大丈夫ですか?」
「ああ。もう痛みはない」
彼は微笑んで、私の隣に座った。
「それより、君の方こそ大丈夫か?」
「え?」
「今日は、いつもより元気がないように見える」
リアムの言葉に、驚いた。
夢の中の彼が、私の様子に気づくなんて。
「……ちょっと、色々考えてて」
「何を?」
「私のこととか、リアム様のこととか」
曖昧に答えると、彼は首を傾げた。
「私のこと?」
「はい」
どこまで言っていいのか、分からない。
でも、このまま黙っているのも辛い。
「あの、リアム様」
「何だ」
「私、リアム様のこと――」
言いかけて、言葉が詰まった。
好き。
その一言が、どうしても出てこない。
「私のこと?」
リアムが優しく促す。
「……とても、大切だと思ってます」
精一杯の言葉だった。
リアムは少し驚いたように目を見開いて、それから柔らかく笑った。
「私もだ、陽菜」
「え……?」
「君は不思議な人だ。突然現れて、私のことを心配してくれて。まるで、昔からの友人のように」
リアムは夜空を見上げる。
「騎士という立場上、弱音を吐くことは許されない。常に強くあらねばならない。でも、君の前では、少しだけ肩の力を抜ける気がするんだ」
彼の横顔が、月光に照らされている。
こんなにも近くにいるのに、手を伸ばしても届かない気がした。
「リアム様は、孤独なんですか?」
「孤独、か」
リアムは少し考えてから、答えた。
「そうかもしれないな。副団長という立場は、部下と団長の間にある。誰にも本音を言えない」
「辛くないんですか?」
「慣れた。それが、私の務めだから」
彼の声が、少しだけ寂しそうに聞こえた。
ああ、そうか。
この人も、孤独だったんだ。
強くあろうとして、誰にも弱さを見せられなくて。
「陽菜」
「はい」
「君は、なぜ私に優しくしてくれるんだ?」
リアムが真っ直ぐ私を見つめる。
「私は、君に何もしてあげられていない。それなのに、君はいつも私を心配してくれる」
彼の言葉に、胸が痛んだ。
何もしてくれていない、なんてことはない。
リアムは、私に生きる理由をくれた。
寂しかった現実の中で、唯一の光だった。
「それは――」
告白しよう。
今、この瞬間に。
でも、美咲の言葉が頭をよぎる。
『現実から逃げてるだけじゃないの?』
もし、そうだったら。
私のこの気持ちは、ただの依存でしかないんじゃないか。
「陽菜?」
リアムが心配そうに私の顔を覗き込む。
「……ごめんなさい。なんでもないです」
結局、言えなかった。
リアムは少し寂しそうに微笑んだ。
「そうか。なら、いい」
沈黙が降りる。
噴水の音だけが、静かに響いていた。
目が覚めたのは、朝だった。
また、涙が出ていた。
「……ダメだ」
自分が情けなくて、枕に顔を埋める。
好きだって、伝えたかった。
でも、怖かった。
この気持ちが、ただの逃避だったらって。
スマホを手に取ると、美咲からLINEが来ていた。
『昨日はごめんね。でも、陽菜のこと心配だから、言わせてもらった。応援してるからね』
美咲の優しさが、胸に染みる。
『ありがとう。大丈夫だから』
返信を送って、ベッドから起き上がる。
鏡に映った自分の顔は、やつれていた。
このままじゃ、ダメだ。
美咲の言う通り、私は現実から逃げてる。
でも、リアムへの気持ちは本物だ。
なら、ちゃんと向き合わなきゃ。
現実とも、夢とも。
「……頑張ろう」
小さく呟いて、制服に着替える。
今日から、ちゃんとしよう。
授業にも真面目に出て、友達とも約束を守る。
そして、夢の中では――。
ちゃんと、伝えよう。
私の気持ちを。
たとえ、それが叶わない恋だとしても。
「陽菜、今日元気じゃん!」
大学で会った美咲が、嬉しそうに笑った。
「うん。ちゃんと、考えたから」
「そっか。よかった」
美咲は私の肩を叩く。
「で、今夜も会いに行くの?」
「うん。でも、今度こそちゃんと伝える」
「おお、頑張れ!」
美咲の応援に、少しだけ勇気が湧いた。
そうだ。
虚構と現実、どっちが大切かなんて、決める必要はない。
どっちも、私の人生だ。
どっちも、大切にしていい。
そして、リアムへの気持ちは――。
絶対に、伝える。
次に会った時、必ず。
第三章:ステンドグラスの下の約束
その日の夢は、いつもと違う場所から始まった。
城の礼拝堂。
高い天井には色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれていて、朝日が差し込むたび、床に虹色の光が踊る。
静かで、神聖で、どこか切ない空気が漂っていた。
「ここは……」
辺りを見回すと、祭壇の前にリアムの姿があった。
彼は跪いて、何かを祈っているようだった。
足音を忍ばせて近づくと、彼の呟きが聞こえた。
「どうか、皆を守れますように。たとえ、この身が朽ちようとも」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
この人は、また。
自分の命より、誰かを守ることを願ってる。
「リアム様」
声をかけると、彼は驚いたように振り返った。
「陽菜……いつから」
「今、来たばかりです」
嘘だけど。
リアムは立ち上がって、少し照れたように頬を掻いた。
「祈りの姿を見られるとは、恥ずかしいな」
「そんなこと、ないです」
私は首を横に振る。
「とても、素敵でした」
リアムは微笑んで、ステンドグラスを見上げた。
「ここは、私の好きな場所なんだ。幼い頃、よく一人で来ていた」
「一人で?」
「ああ。私は次男坊でね。兄が家督を継ぐことが決まっていたから、居場所がなかった」
リアムの声が、少しだけ寂しそうに響く。
「両親は兄ばかりを気にかけていた。当然だ。跡取りなんだから。でも、幼い私には理解できなくてね。なぜ、自分は愛されないのかと」
彼は自嘲気味に笑った。
「だから、ここに来ていた。一人でも寂しくないように、祈っていたんだ」
初めて聞く、リアムの過去。
本には書かれていなかった、彼の孤独。
「それで、騎士になったんですか?」
「そうだ。兄のようにはなれない。なら、別の道で認められようと思った」
リアムは拳を握る。
「剣の才能だけは、あった。だから、必死に鍛えた。誰よりも強くなれば、誰かの役に立てると信じて」
彼の横顔が、朝日に照らされている。
ああ、そうか。
この人の優しさは、孤独から生まれたものだったんだ。
愛されなかった子供が、誰かを愛そうとして。
認められなかった少年が、誰かを守ろうとして。
「リアム様」
「ん?」
「あなたは、十分に素晴らしいです」
私は真っ直ぐ彼を見つめた。
「誰かに認められるためじゃなくて。あなた自身が、素晴らしいんです」
リアムは目を見開いて、それから困ったように笑った。
「君は、本当に不思議な人だ」
「不思議、ですか?」
「ああ。私の何を知っているわけでもないのに、いつも核心を突いてくる」
彼は私の頭に、そっと手を置いた。
「まるで、私の全てを見透かしているみたいだ」
その手の温もりが、胸に染みる。
見透かしてる、なんてことはない。
ただ、本を何度も読んで、あなたのことを考え続けただけ。
「陽菜」
「はい」
「一つ、聞いてもいいか」
リアムが真剣な顔で私を見る。
「君は、なぜ私に優しくするんだ。前にも聞いたが、君は答えてくれなかった」
来た。
この質問。
今度こそ、ちゃんと答えなきゃ。
「それは――」
言葉を探す。
好き。
その一言が、喉まで出かかってる。
でも、怖い。
この気持ちを伝えたら、何かが変わってしまう気がして。
「私は、リアム様が――」
「リアム副団長!」
突然、礼拝堂の扉が開いて、若い騎士が飛び込んできた。
「魔王軍の斥候が、北の森に!」
リアムの表情が一瞬で引き締まる。
「分かった。すぐに向かう」
彼は剣を手に取って、私を振り返った。
「陽菜、ここにいてくれ。すぐに戻る」
「待って!」
思わず、彼の腕を掴んだ。
「危険なんでしょう? 行かないで」
「大丈夫だ。斥候程度なら、すぐに片付く」
リアムは優しく微笑む。
でも、私は知ってる。
本では、この斥候戦で彼は深手を負う。それが、後の致命傷に繋がっていく。
「お願い、無茶しないで」
「約束する」
彼は私の手をそっと外して、走り去った。
一人残された礼拝堂で、私は拳を握りしめる。
ダメだ。
このままじゃ、本と同じ展開になる。
何か、できることはないのか。
「……そうだ」
私は祭壇の前に跪いた。
神様なんて信じたことはない。
でも、今は縋りたかった。
「お願いします。リアム様を、守ってください」
手を合わせて、祈る。
「私は、彼を愛しています。だから、どうか――」
涙が溢れた。
声にならない叫びが、静かな礼拝堂に響く。
どれくらい祈っていただろう。
ふと、気配を感じて顔を上げた。
「……陽菜?」
リアムが、戻ってきていた。
鎧には血が付いているけど、大きな怪我はなさそうだ。
「リアム様!」
立ち上がって駆け寄ると、彼は困ったように笑った。
「心配かけて、すまない。無事だ」
「本当に、大丈夫ですか?」
「ああ。約束通り、無茶はしなかった」
リアムは私の頭を優しく撫でる。
「君が祈っていてくれたおかげかもしれないな」
「え……見てたんですか?」
「ああ。戻ってきたら、君が祭壇の前で泣いていた」
顔が、熱くなる。
恥ずかしい。祈ってる姿、見られてた。
「聞こえて、ましたか?」
恐る恐る聞くと、リアムは優しく微笑んだ。
「ああ」
心臓が、うるさいくらいに鳴る。
じゃあ、聞かれた?
私が、彼を愛してるって。
「陽菜」
リアムが私の両肩に手を置く。
「君の祈りを聞いて、初めて理解した」
「何を……?」
「君が、なぜ私に優しくしてくれるのか」
彼の蒼い瞳が、真っ直ぐ私を見つめる。
「君は、私のことを――」
「愛してます」
遮るように、私は言った。
もう、隠せない。
隠したくない。
「私、リアム様のことが好きです。ずっと前から、ずっと」
声が震える。
涙が溢れる。
「おかしいって、分かってます。私たちは、会ったばかりで。でも、私はあなたのことを、ずっと見てきて」
言葉が止まらない。
「あなたの優しさも、強さも、孤独も、全部知ってる。だから、愛おしくて。守りたくて」
「陽菜……」
「だから、お願い。死なないで」
リアムの目が、大きく見開かれる。
「死ぬ? 私が?」
しまった。
言っちゃいけないことを。
「あ、その……」
「陽菜、君は何を知っているんだ」
リアムが真剣な顔で問いかける。
「君は、まるで未来を知っているかのように、私に警告する」
答えられない。
本の世界の住人に、結末を教えることなんてできない。
「答えられません……」
「そうか」
リアムは少し考えてから、優しく笑った。
「なら、いい。君の秘密は、聞かない」
「え……?」
「ただ、一つだけ約束してくれ」
彼は私の手を取った。
「私が死ぬと言うなら、君がそれを阻止してくれ」
「リアム様……」
「君は不思議な力を持っている。私には理解できないが、君なら私を救えるかもしれない」
リアムは真っ直ぐ私を見つめる。
「だから、頼む。私を、生かしてくれ」
涙が止まらなかった。
この人は、自分の運命を知らないのに。
私の言葉を信じて、託してくれた。
「約束、します」
私は強く頷いた。
「絶対に、リアム様を守ります」
「ありがとう、陽菜」
リアムは優しく微笑んで、私を抱きしめた。
ステンドグラスから差し込む光が、二人を包み込む。
虹色の光の中で、私たちは約束した。
彼を、生かすと。
運命を、変えると。
目が覚めると、頬が涙で濡れていた。
でも、今日の涙は悲しみじゃない。
「約束、したんだ」
呟いて、『暁の騎士団』を手に取る。
もう、ただ読むだけの読者じゃない。
私は、物語の中で約束をした。
リアムを、救うと。
「どうすれば、いいんだろう」
本をめくる。
これから先、リアムは数々の戦闘を経て、最終決戦で致命傷を負う。
それを防ぐには――。
「魔王との戦いを、避けるしかない?」
でも、それは無理だ。
物語の主軸だから。
なら、戦い方を変える?
彼が致命傷を負うシーンを思い出す。
仲間を庇って、魔王の攻撃を受ける。
なら、庇わなければいい。
でも、それはリアムらしくない。
「……難しい」
頭を抱える。
スマホが震えて、美咲からLINEが来た。
『陽菜、今日元気だった! ちゃんと告白できた?』
『うん。言えたよ』
『マジで!? どうだった!?』
『受け入れてくれた。約束もした』
『おお! よかったじゃん!』
美咲の素直な喜びが、嬉しい。
『でも、これからが大変なんだ』
『どういうこと?』
『彼を、守らなきゃいけないから』
『……陽菜、無理しないでね』
美咲の心配が伝わってくる。
『大丈夫。私、頑張るから』
返信を送って、スマホを置く。
ベッドに横になって、天井を見つめる。
リアムとの約束。
それは、運命との戦いだ。
でも、諦めない。
絶対に、彼を救う。
たとえ、物語の結末を変えることになっても。
「待っててね、リアム様」
小さく呟いて、目を閉じる。
明日も、会いに行こう。
そして、少しずつ。
運命を、変えていこう。
第四章:避けられない「最終章」の足音
「陽菜、ちょっと待って」
大学からの帰り道、美咲が私の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「最近、また顔色悪いよ。ちゃんと食べてる?」
美咲の心配そうな顔を見て、少し罪悪感が湧く。
確かに、この一週間、食事も睡眠もまともに取れていなかった。
なぜなら――。
「物語が、進んでるんだ」
「え?」
「夢の中の世界。どんどん最終決戦に近づいてる」
私は『暁の騎士団』を取り出して、ページを開く。
第十八章。魔王軍との総力戦が始まる場面。
「もう、時間がないの」
声が震える。
美咲は黙って私の手を握った。
「陽菜、無理しないで。あくまで夢なんだから」
「でも!」
言いかけて、言葉を飲み込む。
美咲にとっては、ただの夢。
でも、私にとっては――。
「ごめん。大丈夫だから」
「本当に?」
「うん」
嘘だ。
全然、大丈夫じゃない。
でも、これ以上心配かけたくなかった。
その夜、ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。
怖い。
夢の中の世界が、最終章に近づいていくのが。
リアムの死が、すぐそこまで迫っているのが。
「どうすれば……」
本を抱きしめる。
何度も読み返した。
どうすれば、彼を救えるのか。
でも、答えは見つからない。
やがて、まぶたが重くなって。
意識が、沈んでいく。
目を開けると、そこは戦場だった。
空は赤く染まり、地面は血と泥で汚れている。
遠くで爆発音が響き、誰かの悲鳴が聞こえる。
「ここは……」
辺りを見回すと、城壁の上だった。
魔王軍の大軍が、城を包囲している。
おびただしい数の魔物が、城壁に迫ってくる。
「総員、配置につけ!」
「弓兵隊、構え!」
騎士たちの怒号が飛び交う中、私は必死にリアムを探した。
どこ。
どこにいるの。
「陽菜!」
聞き慣れた声に振り向くと、リアムが血まみれの姿で走ってきた。
「リアム様!」
「なぜこんな場所に! 危険だ、城の中に戻れ!」
彼は私の肩を掴んで、城内へと押し戻そうとする。
「嫌です! リアム様の側にいます!」
「陽菜、君まで危険に晒すわけには――」
言葉を遮るように、爆発音が響いた。
城壁が揺れて、石が崩れる。
「っ、くそ! 魔導師隊、防壁を!」
リアムが叫ぶ。
魔法の障壁が展開されるけど、魔物の攻撃は止まらない。
「リアム副団長! 東門が破られました!」
「何だと!?」
リアムの顔が青ざめる。
「すぐに向かう。第三中隊、私に続け!」
「待って!」
私は彼の腕を掴んだ。
「行かないで。お願い」
「陽菜……」
リアムは苦しそうに顔を歪める。
「私は、行かなければならない。これは、私の務めだ」
「でも、死んでしまう!」
「それでも、だ」
彼は真っ直ぐ私を見つめる。
「私が行かなければ、もっと多くの仲間が死ぬ。それを見過ごすことは、できない」
リアムの目には、強い決意が宿っていた。
ああ、そうだ。
この人は、こういう人だ。
自分の命より、誰かを守ることを選ぶ。
それが、リアム・フォン・アーデルハイドという騎士だ。
「……分かりました」
私は手を離した。
「でも、約束してください。必ず、生きて戻ってくると」
リアムは優しく微笑んで、私の頭を撫でた。
「ああ。君との約束は、必ず守る」
彼は剣を抜いて、戦場へと駆けていく。
その背中を見送りながら、私は拳を握りしめた。
このままじゃ、ダメだ。
彼は、また無茶をする。
そして、死んでしまう。
「私にも、できることがあるはず」
周りを見回す。
城壁の上には、弓兵たちが必死に矢を放っている。
魔導師たちが、防壁の維持に集中している。
私は――。
「そうだ」
走り出す。
リアムが向かった東門へ。
彼を、一人にはさせない。
東門に着くと、激戦が繰り広げられていた。
リアムが最前線で剣を振るい、魔物を次々と斬り伏せている。
でも、敵の数は多すぎる。
「リアム副団長、退いてください!」
「まだだ! ここを抜かれるわけにはいかない!」
リアムが叫ぶ。
その時、巨大な魔物が現れた。
オーガだ。
三メートルを超える巨体に、太い腕。手には巨大な棍棒を握っている。
「オーガだと!?」
騎士たちが怯む。
オーガが棍棒を振り上げて、リアムに向かって叩きつけようとする。
「リアム様!」
叫んだ瞬間、リアムの隣にいた若い騎士が前に飛び出した。
「副団長を守れ!」
若い騎士が盾を構えて、オーガの攻撃を受け止めようとする。
でも、力が足りない。
盾が砕けて、騎士が吹き飛ばされる。
「エドガー!」
リアムが叫んで、倒れた騎士を庇うように立つ。
ダメだ。
この展開、知ってる。
本では、ここでリアムがエドガーを庇って、オーガの攻撃を受ける。
それが、致命傷の始まりになる。
「させない!」
私は無我夢中で走った。
リアムの前に飛び出して、両手を広げる。
「陽菜!?」
リアムの驚いた声が聞こえる。
オーガの棍棒が、私に向かって振り下ろされる。
死ぬ。
そう思った瞬間――。
「陽菜ああああっ!」
リアムが私を押し倒して、体で庇った。
ゴォンッ!
鈍い音が響く。
リアムの背中に、棍棒が直撃した。
「リアム様!」
彼は口から血を吐いて、私の上に倒れ込む。
「う、ぐ……」
「嘘、嘘でしょ……?」
私の手が、血で濡れる。
リアムの血だ。
「リアム様、しっかりして!」
「陽菜……無事、か……?」
「私は平気です! それより、あなたが!」
涙が溢れる。
ダメだ。
救おうとしたのに。
運命を変えようとしたのに。
結局、彼は私を庇って傷ついた。
「副団長!」
「衛生兵! 早く!」
騎士たちが駆け寄ってくる。
リアムは私を見つめて、血まみれの手で私の頬に触れた。
「君を……守れて、よかった……」
「何言ってるんですか! 私なんかより、あなたが!」
「いいんだ……これで、いい……」
リアムの目が、ゆっくりと閉じていく。
「嫌だ、嫌だ! 死なないで!」
叫んだ瞬間、意識が引き戻された。
「嫌ああああっ!」
叫びながら、目が覚めた。
全身、汗でびっしょりだ。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
「夢……夢だった……」
でも、リアムが傷ついたのは本当だ。
私のせいで。
私が余計なことをしたせいで。
「どうして……」
枕に顔を埋めて、泣いた。
運命は、変えられないのか。
何をしても、彼は傷つく運命なのか。
スマホを手に取って、時計を見る。
午前三時。
まだ夜中だ。
でも、もう眠れなかった。
怖い。
また夢を見るのが。
リアムが死んでいく姿を見るのが。
「どうすれば、いいの……」
誰にも聞こえない問いかけが、静かな部屋に響く。
本を手に取って、最終章を開く。
魔王との決戦。
リアムの死。
そして、物語の終わり。
「変えられない、のかな……」
弱気な言葉が、口から漏れる。
でも、諦めたくない。
諦めたら、全部終わりだ。
「まだ、時間はある」
自分に言い聞かせる。
最終決戦まで、あともう少し。
その間に、何か方法を見つける。
必ず。
「待っててね、リアム様」
本を抱きしめて、涙を拭く。
窓の外では、夜明けが近づいていた。
でも、私の心は、まだ暗闇の中にいた。
翌日、大学で美咲に会った。
「陽菜……大丈夫? 顔色、すごく悪いよ」
「……うん」
嘘だ。
全然、大丈夫じゃない。
「昨日、また夢見たんでしょ」
美咲の言葉に、頷いた。
「彼、怪我したの」
「え……」
「私を庇って。私のせいで」
声が震える。
美咲は黙って私を抱きしめた。
「陽菜のせいじゃないよ」
「でも……」
「陽菜は、彼を救おうとしただけじゃん。それは、悪いことじゃない」
美咲の優しさが、胸に染みる。
「でも、運命は変えられないのかもしれない」
「そんなこと、ない」
美咲は真っ直ぐ私を見つめた。
「陽菜が諦めなければ、きっと道は開ける」
「本当に……?」
「うん。だって、陽菜は本気で彼を愛してるんでしょ? なら、その気持ちが奇跡を起こすかもしれない」
美咲の言葉が、少しだけ心を温めてくれた。
そうだ。
諦めちゃダメだ。
まだ、終わってない。
「ありがとう、美咲」
「うん。いつでも相談して」
美咲は笑顔で私の背中を叩いた。
でも、不安は消えない。
最終章の足音が、すぐそこまで迫っている。
リアムの死が、刻一刻と近づいている。
残された時間は、少ない。
「急がなきゃ……」
呟いて、『暁の騎士団』を握りしめた。
今夜も、会いに行く。
そして、必ず。
運命を、変えてみせる。