抹消された古代遺物~5万年前から届いたエメラルドの秘密~(1)
あらすじ
その石は、人類が手にするには早すぎた。 若き考古学者の卵・篠原ケンジが、山奥の未踏遺跡で発見した巨大な翡翠色の石。それは、既存の考古学を根底から覆す、あまりにも美しく、精密すぎるオーパーツだった。 しかし、歓喜の瞬間は突如として破られる。 現場を包囲したのは、漆黒のスーツに身を包んだ国家安全保障局の特殊部隊。石は「機密事項」として強引に接収され、遺跡の存在自体が公記録から抹消されてしまった。 「深入りするな。君の将来のために」 謎の男からの警告。大学からの圧力。昨日までの日常が、音を立てて崩れていく。 絶望するケンジに、失踪直前の先輩・高橋が託したのは、一枚のUSBメモリだった。そこには、石の内部に刻まれた「地球上のどの言語にも属さない紋様(コード)」の解析データが記録されていた。 解析を進める中で浮かび上がる、衝撃の真実。 その石は単なる遺物ではなく、5万年の時を経て**「何か」を起動させるための記憶媒体**だったのだ。 追っ手の魔の手が迫る中、ケンジはデータの座標が指し示す「次の地」へと向かう。 果たして、その石は古代人が残した救いの光か、それと
第一章:光の誕生
運命の発見
「先輩、これ……」
俺の声が、遺跡の静寂を破った。
篠原ケンジ、二十三歳。考古学専攻の大学院生で、発掘現場に立つのは今回が三度目だ。正直、まだまだ新米もいいところで、先輩たちの荷物持ちくらいしか役に立っていない。
でも、今日は違った。
手にしたブラシで、慎重に土を払う。現れたのは、鮮やかな翡翠色の光沢。それは、この薄暗い遺跡の中で、まるで生きているかのように輝いていた。
「どうした、ケンジ」
振り返ると、先輩の高橋さんが小走りで近づいてきた。三十代前半、この分野じゃ若手のホープと呼ばれる人だ。
「これ、見てください」
俺が指差した先を見た瞬間、高橋さんの顔色が変わった。
「まさか……」
高橋さんが膝をついて、俺の隣にしゃがみ込む。
「ケンジ、周りをもっと掘ってみろ。慎重にな」
「はい」
言われた通り、俺は慎重に周囲の土を取り除いていく。五分、十分。作業を続けるごとに、その「モノ」の全貌が明らかになっていった。
「なんだこれ……」
思わず呟いた。
それは、直径一メートルはあろうかという、巨大な石だった。完璧な球体。表面には、幾何学的な紋様がびっしりと刻まれている。そして何より、この輝き。まるで内側から光を放っているかのような、神秘的な翡翠色。
「高橋さん、これって……」
「ああ。間違いない」
高橋さんの声が震えていた。興奮なのか、恐怖なのか。
「縄文時代の遺跡で、こんなものが出てくるはずがない。加工技術が、あまりにも高度すぎる」
俺も同じことを考えていた。縄文人が、こんな完璧な球体を作れるわけがない。表面の紋様も、どう見ても意図的に刻まれたものだ。しかも、この光沢。研磨技術が、現代のものに匹敵するレベルじゃないか。
「オーパーツ、ですか」
「それ以上かもしれん」
高橋さんが石に手を伸ばした。その瞬間。
ヴゥゥゥン――
低い振動音が、遺跡全体に響き渡った。
「うわっ」
俺は思わず後ずさった。石が、明らかに反応したんだ。高橋さんの手が触れた瞬間に。
「高橋さん、大丈夫ですか」
「ああ、平気だ。でも、これは……」
高橋さんの目が、興奮で輝いている。
「ケンジ、これは歴史を塗り替える発見かもしれない。いや、間違いなくそうだ」
俺の心臓が、高鳴った。
考古学者の夢。それは、誰も見たことのない過去の真実を、この手で掘り起こすことだ。そして今、その夢が目の前にある。
「すぐに大学に連絡します」
「ああ。でも、その前に記録を取ろう。写真、動画、計測、全部だ。これだけの発見なら、マスコミも黙っちゃいない」
高橋さんがカメラを取り出す。俺も測定器具を準備した。
石の表面に刻まれた紋様を、できるだけ詳細に記録する。デジタルカメラのフラッシュが焚かれるたびに、石の輝きが増すような気がした。
「不思議だな」
「何がです」
「この紋様。どの文明の文字とも一致しない。まるで、全く別の言語体系だ」
高橋さんの言葉に、俺は背筋がゾクリとした。
別の言語体系。つまり、既知の文明とは異なる、未知の存在が作ったということか。
「先輩、これって本当に地球上のものなんですかね」
冗談半分で言ったつもりだった。でも、高橋さんは真顔で答えた。
「それを確かめるのが、俺たちの仕事だ」
歓喜の時間
記録作業は、三時間続いた。
石の全周を撮影し、紋様のパターンを書き起こし、成分分析用のサンプルを採取する。普段なら退屈に感じる作業も、今日は全く苦にならなかった。
「よし、ひとまずここまでだ」
高橋さんがカメラを下ろした。
「大学に連絡して、本格的な発掘チームを呼ぼう。これだけの発見なら、予算も人員も問題なく確保できるはずだ」
「はい」
俺は携帯を取り出そうとして、ふと気づいた。
「あれ、圏外だ」
「ああ、ここは山奥だからな。上まで行かないと電波が入らない」
「じゃあ、俺が行ってきます」
「頼む。俺はここで石の警備をしてる」
俺は遺跡を出て、山道を登り始めた。
足取りは軽かった。いや、軽すぎるくらいだ。このまま走り出したい気分だった。
考古学者になりたいと思ったのは、中学生の時だ。教科書に載っていた縄文土器の写真を見て、なぜか心が震えた。何千年も前の人間が作ったものが、今もこうして残っている。その事実が、たまらなく愛おしかった。
でも、現実は厳しかった。
考古学なんて食えない学問だと、親に反対された。就職先がないと、友人に笑われた。それでも俺は諦めなかった。奨学金を借りて大学に進み、バイト漬けの日々を送りながら、なんとか大学院まで進んだ。
そして今日、ついに報われた。
あの石は、間違いなく俺の人生を変える。論文を書けば、学会で注目される。就職先も引く手あまただろう。何より、歴史の真実に、一歩近づける。
「やった、やったぞ」
思わず声に出して、ガッツポーズをした。
山の頂上に着いて、携帯の画面を確認する。よし、電波が入った。
大学の研究室に電話をかけようとして、俺は手を止めた。
下の方から、エンジン音が聞こえる。
「こんな山奥に、車?」
嫌な予感がした。
この遺跡は、まだ公表されていない。つまり、ここに来る理由があるのは、俺たちだけのはずだ。
「まさか、盗掘者……?」
慌てて山道を駆け下りた。
息が切れる。足が縺れそうになる。それでも走り続けた。
遺跡の入口が見えた。そこには、見慣れない黒い車が三台、停まっていた。
「高橋さん!」
叫びながら遺跡に飛び込んだ。
そして、目の前の光景に、俺は凍りついた。
黒いスーツを着た男たちが、五人。全員がサングラスをかけ、無表情で立っている。その中心に、高橋さんが立たされていた。両腕を掴まれて。
そして、あの石は。
「返してください!」
俺は叫んだ。
石は、既に特殊なケースに入れられていた。男たちの一人が、それを運び出そうとしている。
「君が篠原ケンジ君か」
低い声が、俺を制した。
男たちの中から、一人が前に出てきた。四十代くらいだろうか。鋭い目つきで、威圧感がある。
「国家安全保障局の者だ。この石は、国家機密に関わる物品として接収させてもらう」
「国家機密? 何を言ってるんですか。これは考古学的発見で――」
「それ以上は言わない方がいい」
男の声が、一段と低くなった。
「この遺跡の存在は、今後一切の公記録から抹消される。君たちも、ここで見たものについて、一切口外しないことだ」
「そんな、馬鹿な……」
俺の声が震えた。
「高橋さん、何とか言ってくださいよ」
でも、高橋さんは黙ったままだった。いや、黙らされている。顔面蒼白で、明らかに怯えていた。
「深入りするな。君の将来のために」
男は、そう言い残して背を向けた。
石を運ぶ男たち。それを見送る高橋さん。何もできずに立ち尽くす俺。
エンジン音が遠ざかっていく。
遺跡には、俺と高橋さんだけが残された。
「先輩……」
「すまん、ケンジ」
高橋さんの声が、震えていた。
「俺たちは、触れちゃいけないものに触れてしまったのかもしれない」
その言葉の意味を、俺はまだ理解できなかった。
ただ、運命の歯車が、音を立てて回り始めたことだけは、確かだった。
第二章:黒い来訪者
崩れゆく日常
「篠原君、ちょっといいかな」
大学に戻った翌日、指導教授の田中先生に呼び出された。
研究室のドアを開けると、田中先生は難しい顔で椅子に座っていた。いつもの優しい笑顔はない。
「座りたまえ」
「はい」
俺は促されるまま、椅子に腰を下ろした。
「昨日の発掘についてだが」
田中先生が、資料に目を落とす。
「報告書は上げなくていい」
「え?」
思わず聞き返した。
「でも、あの発見は――」
「ない」
田中先生が、俺の言葉を遮った。
「昨日の発掘で、君たちは何も発見していない。報告書も、論文も、必要ない。いいね」
「そんな……」
俺は立ち上がった。
「先生、あの石は明らかに重要な発見です。なぜ隠蔽するんですか」
「隠蔽じゃない」
田中先生が、ゆっくりと顔を上げた。その目には、明らかな恐怖があった。
「これは、君を守るためだ。深入りするな、篠原君。このまま忘れるんだ」
「忘れろって、そんなこと――」
「以上だ」
田中先生が立ち上がり、研究室を出て行った。
俺は呆然と、その場に取り残された。
監視の影
その日から、俺の日常は変わった。
大学の廊下を歩けば、誰かの視線を感じる。講義室で座っていても、後ろから見られている気がする。
気のせいだと、自分に言い聞かせた。でも、違った。
ある日、図書館で文献を調べていると、見知らぬ男が隣に座った。黒いスーツ。サングラス。あの日、遺跡にいた男たちと同じ格好だ。
「篠原ケンジ君だね」
男が、低い声で話しかけてきた。
「君は聡明な学生だと聞いている。だから、忠告しておく」
「何の――」
「余計な詮索はやめることだ」
男が立ち上がった。
「君には、まだ将来がある。それを棒に振るようなことは、しない方がいい」
そう言い残して、男は去っていった。
俺は、本を握る手が震えているのに気づいた。
怖い。正直、怖かった。でも、それ以上に腹が立った。
なぜ、俺が見つけたものを奪われなきゃいけないんだ。なぜ、真実を追求することが罪になるんだ。
図書館を出て、スマホを取り出した。高橋さんに電話をかける。
呼び出し音が鳴る。一回、二回、三回。
「もしもし」
ようやく繋がった。
「先輩、俺です。あの石のこと、何か分かりましたか」
『……ケンジ、電話はまずい』
高橋さんの声が、妙に小さい。
「なぜですか。俺たち、このままじゃ――」
『いいか、よく聞け。今夜十時、駅前の喫茶店『ミラージュ』に来い。誰にも言うな』
「先輩?」
電話は、そこで切れた。
深夜の密談
午後十時。俺は指定された喫茶店の前に立っていた。
『ミラージュ』。駅から少し離れた、古びた喫茶店だ。学生はほとんど来ない。
店内に入ると、奥の席に高橋さんがいた。
「先輩」
近づくと、高橋さんが「座れ」と小さく言った。
俺は向かいの席に座った。
「先輩、一体何が――」
「声を落とせ」
高橋さんが、周囲を警戒するように見回した。
「いいか、ケンジ。俺たちは、とんでもないものを見つけてしまった」
「とんでもないもの、って」
「あの石だよ」
高橋さんが、テーブルの下から小さなUSBメモリを取り出した。
「あの日、俺は石のデータを全部記録した。写真、動画、紋様のスキャンデータ、全部だ」
「それ、没収されたんじゃ――」
「表向きはな。でも、バックアップは残してた」
高橋さんが、USBメモリを俺の手に握らせた。
「これを持っていろ。そして、絶対に誰にも渡すな」
「先輩、何を――」
「俺は、もうすぐ消される」
「消される?」
高橋さんの言葉の意味が、理解できなかった。
「大袈裟な、何を言って――」
「大袈裟じゃない」
高橋さんの目が、真剣だった。
「あの石は、ただの遺物じゃない。国家レベル、いや、それ以上の何かが関わってる。俺は、それを嗅ぎつけられた」
「先輩……」
「ケンジ、お前は若い。まだやり直せる。だから、このデータを持って逃げろ。そして、真実を暴け」
「逃げろって、俺に何をしろって――」
その時だった。
喫茶店の入口が開いた。
黒いスーツの男が、三人入ってきた。
「高橋さん」
男の一人が、低い声で呼びかけた。
「お話があります。ご同行願えますか」
高橋さんが、小さく笑った。
「やっぱり、来たか」
「先輩!」
俺が立ち上がろうとすると、高橋さんが手で制した。
「ケンジ、お前は動くな。これは、俺の問題だ」
「でも――」
「いいか、よく聞け」
高橋さんが、俺の目をまっすぐ見た。
「お前は、俺の分まで生きろ。そして、真実を明らかにしろ。それが、考古学者の使命だ」
高橋さんが立ち上がった。
男たちに囲まれて、店を出て行く。
「先輩!」
俺は叫んだ。でも、高橋さんは振り返らなかった。
店内に、俺一人が残された。
手の中のUSBメモリが、ずっしりと重かった。
決意の夜
アパートに戻って、俺はベッドに倒れ込んだ。
頭の中が、グチャグチャだ。
高橋さんの言葉。黒いスーツの男たち。あの石。全てが、悪夢のように絡み合っている。
「畜生……」
拳で壁を叩いた。
なぜだ。なぜ、真実を追求することが罪になる。なぜ、俺たちが犠牲にならなきゃいけない。
ポケットから、USBメモリを取り出した。
これが、高橋さんが命懸けで守ったデータ。
「先輩……」
俺は、決めた。
逃げない。屈しない。高橋さんの想いを、無駄にはしない。
パソコンを起動して、USBメモリを差し込んだ。
フォルダが開く。そこには、膨大なデータが詰まっていた。
石の写真。紋様のスキャンデータ。そして、解析ファイル。
「これは……」
解析ファイルを開くと、驚愕の内容が記されていた。
石の成分分析。そこには、地球上には存在しない元素が含まれている可能性が示唆されていた。
紋様の解析。それは、既知のどの言語体系とも一致しない。まるで、プログラムコードのような規則性を持っている。
そして、最後のファイル。
「座標……?」
画面には、緯度経度が表示されていた。
これは、何だ。次の遺跡の場所か。それとも、石の「起動場所」なのか。
俺の心臓が、高鳴った。
「高橋さん、俺、やりますよ」
画面を見つめたまま、呟いた。
「真実を、必ず暴いてみせます」
その夜、俺の戦いが始まった。
窓の外では、黒い車が一台、じっとアパートを監視していた。
第三章:始まりの決意
消えた先輩
高橋さんが消えた。
あの夜から三日間、携帯は繋がらない。大学にも来ない。研究室に行っても、誰も彼の居場所を知らなかった。
「高橋君なら、実家の都合で休学するって聞いたけど」
事務室の職員は、そう言った。
「休学? そんな話、聞いてません」
「でも、書類が出てるわよ。ほら」
見せられた書類には、確かに高橋さんの署名があった。
でも、おかしい。高橋さんは、研究に命を懸けていた。突然休学するなんて、ありえない。
「これ、本当に本人が書いたんですか」
「失礼ね。疑うの?」
職員が、不機嫌そうに書類を引っ込めた。
俺は、それ以上何も言えなかった。
包囲網
大学の廊下を歩いていると、また視線を感じた。
振り返る。黒いスーツの男が、遠くから俺を見ている。
もう、隠そうともしていない。完全に監視されている。
「篠原君」
突然、声をかけられた。
振り向くと、見知らぬ男が立っていた。三十代後半くらいだろうか。スーツ姿だが、黒ずくめの男たちとは雰囲気が違う。
「誰ですか」
「君を心配している人間だよ」
男が、小さく笑った。
「少し、話をしないか。ここじゃまずい」
「なぜ俺が、あなたを信用すると?」
「信用しなくていい。でも、聞くだけ聞いてみる価値はあると思うよ」
男が、封筒を差し出した。
「五分後、大学裏の公園で待ってる。来る来ないは、君の自由だ」
そう言い残して、男は去っていった。
俺は封筒を開けた。中には、一枚の写真が入っていた。
高橋さんだ。
空港らしき場所で、黒服の男たちに囲まれている。表情は見えないが、明らかに強制的に連行されている様子だった。
「くそっ……」
俺は、走り出した。
謎の男
大学裏の公園に着くと、男はベンチに座っていた。
「来たか」
「高橋さんは、どこにいるんですか」
俺は、写真を突きつけた。
「分からない。でも、無事だとは思えない」
男が、タバコを取り出した。
「吸ってもいいか?」
「勝手にどうぞ。それより、あなたは誰なんですか」
「元政府職員だ。今は、まあ、フリーランスってところかな」
男が、紫煙を吐き出した。
「君が見つけた石。あれは、非常に厄介なものだ」
「厄介? どういう意味ですか」
「文字通りの意味だよ。あの石は、既存の権力構造を揺るがす可能性がある」
男が、俺を見た。
「だから、彼らは必死になって隠蔽しようとしている」
「彼らって、国家安全保障局の?」
「いや、もっと上だ」
男が、首を横に振った。
「国家を超えた組織。表には出てこない、真の権力者たちだ」
「何を言ってるんですか。陰謀論ですか」
「信じなくてもいい。でも、君の先輩が消されたのは事実だろう」
その言葉に、俺は黙った。
「篠原君、君には二つの選択肢がある」
男が、タバコを消した。
「一つ、このまま大人しくしていること。データを破棄して、全てを忘れる。そうすれば、君の日常は守られる」
「もう一つは?」
「戦うことだ」
男が立ち上がった。
「真実を暴くために、彼らと戦う。ただし、命の保証はない。君の人生は、完全に変わるだろう」
「なぜ、俺にそんな選択を迫るんですか」
「君が、データを持っているからだ」
男が、俺の目を見た。
「高橋さんが託したUSBメモリ。それが、全ての鍵だ」
俺は、息を飲んだ。
「なぜ、それを……」
「俺の仕事は、情報を集めることだ。君が何を持っているか、把握している」
男が、名刺を差し出した。
「考える時間をやる。決めたら、この番号に連絡しろ」
名刺には、『黒木誠一郎』という名前と、携帯番号だけが記されていた。
「待ってください。あなたは、一体何が目的なんですか」
「真実だよ」
黒木と名乗った男が、振り返った。
「俺も、あの石の秘密を知りたい。それだけだ」
孤独な選択
アパートに戻って、俺はベッドに座り込んだ。
黒木の名刺を、何度も見返す。
二つの選択肢。
忘れるか、戦うか。
正直、怖かった。高橋さんが消された。次は俺かもしれない。
でも、このまま黙っていていいのか。
パソコンを開いて、USBメモリのデータを見る。
石の写真。紋様。座標。
これは、高橋さんが命を懸けて守ったものだ。
「くそ、どうすりゃいいんだよ……」
頭を抱えた。
その時、スマホが鳴った。
母さんからだ。
「もしもし」
『ケンジ? 元気にしてる?』
母さんの、いつもの優しい声。
「うん、元気だよ」
嘘だった。全然元気じゃない。
『そう。良かった。あのね、お父さんがね、久しぶりに帰ってきなさいって』
「ああ、分かった。また今度」
『無理しないでね。体、大事にしなさい』
「うん。ありがとう」
電話を切った。
母さんの声を聞いて、決めた。
俺には、守りたいものがある。家族、友人、日常。
でも、それ以上に、譲れないものがある。
真実だ。
考古学者を志した時から、俺は真実を追い求めてきた。それが、俺の生きる意味だった。
「高橋さん、決めました」
パソコンの画面に向かって、呟いた。
「俺、戦います。あなたの想いを、無駄にはしません」
黒木の名刺を手に取って、番号を入力した。
コール音が鳴る。
「もしもし」
『篠原君か』
「はい。決めました。俺、やります」
『……そうか』
黒木の声が、少し柔らかくなった気がした。
『明日の夜、駅前のネットカフェに来い。詳しい話をしよう』
「分かりました」
電話を切った。
俺は、立ち上がった。
窓の外を見る。黒い車は、まだそこにいた。
「見てろよ」
小さく呟いた。
「俺は、絶対に真実を暴いてみせる」
その夜、俺の人生は完全に変わった。
もう、後戻りはできない。
でも、それでいい。
これが、俺が選んだ道だ。
パソコンに向かって、データの解析を始めた。座標の意味、紋様の規則性、石の成分。全てを理解する必要がある。
時計は、深夜二時を指していた。
でも、眠気は全く感じなかった。
むしろ、体中にエネルギーが満ちている。
「さあ、始めようか」
俺の、孤独な戦いが、今、本当に始まった。
第四章:裏切りのアーカイブ
深夜の解析
午前三時。ネットカフェの個室ブースで、俺は画面に釘付けになっていた。
高橋さんが残したデータ。その中に、驚愕の情報が隠されていた。
「これ、マジかよ……」
石の成分分析レポート。そこには、地球上には存在しない元素記号が記されていた。
『元素番号142。周期表に存在しない未知の元素。安定同位体の可能性あり』
つまり、あの石は地球上の物質じゃない。
「宇宙から来たのか? それとも……」
紋様の解析データを開く。
高橋さんは、あの幾何学的な紋様を、何千ものパターンに分解していた。そして、それぞれに意味を推測するメモが添えられている。
『パターンA-7:座標情報の可能性』
『パターンB-3:時間軸の記述?』
『パターンC-1:起動コマンド?』
起動コマンド。
つまり、あの石は何かを「起動」するためのものなのか。
「何を起動するんだ……」
背筋が、ゾクリとした。
最後のファイルを開く。そこには、高橋さんの音声メモが残されていた。
『ケンジ、これを聞いているということは、俺はもういないんだろうな』
高橋さんの声が、イヤホンから流れてきた。
『この石は、人類史を書き換える発見だ。でも、それ以上に危険なものかもしれない』
『俺が調べた限り、この石と同じようなものが、世界中で発見されている。でも、全て闇に葬られてきた』
『なぜか。答えは一つだ。誰かが、真実を隠蔽しようとしている』
音声が、一瞬途切れた。
『ケンジ、お前に託す座標は、次の石がある場所だ。おそらく、それは起動装置の一部だろう』
『全てを集めれば、真実が分かるはずだ。頼んだぞ』
音声が、そこで終わった。
「先輩……」
俺は、拳を握りしめた。
黒木との接触
翌日の夜。約束通り、俺は駅前のネットカフェに来ていた。
受付で黒木の偽名を告げると、案内された先は最奥の個室ブースだった。
ドアを開けると、黒木が待っていた。
「来たか」
「データ、全部見ました」
俺は、椅子に座った。
「あの石は、地球上のものじゃない。そうですよね」
「その通りだ」
黒木が、ノートパソコンを開いた。
「篠原君、これを見てくれ」
画面には、世界地図が表示されていた。そこに、赤い点が十数カ所マークされている。
「これは?」
「過去五十年間に、あの石と同様のオーパーツが発見された場所だ」
黒木が、画面を指差した。
「エジプト、ペルー、中国、インド、そして日本。全て、古代文明の遺跡から発見されている」
「全部、闇に葬られたんですか」
「ああ。発見者は消され、データは没収され、遺跡そのものが破壊されたケースもある」
黒木が、別のファイルを開いた。
そこには、新聞記事のスクラップが並んでいた。
『考古学者、事故死』
『研究者、行方不明』
『発掘現場、謎の崩落』
全て、石の発見後に起きた事件だった。
「これ、全部……」
「消されたんだ。真実を知った者は、例外なく」
俺の喉が、乾いた。
「じゃあ、高橋さんも……」
「まだ分からない。でも、時間の問題だろう」
黒木が、俺を見た。
「篠原君、君も狙われている。それは理解しているな」
「はい」
「ならば、先手を打つしかない」
黒木が、USBメモリを取り出した。
「これは、俺が独自に集めたデータだ。石に関する全ての情報が入っている」
「これを、どうするんですか」
「公開するんだ」
黒木の目が、鋭く光った。
「ネット上に、全てのデータを流す。そうすれば、彼らも隠蔽できなくなる」
「でも、それじゃ俺たちも……」
「ああ、完全に敵に回ることになる」
黒木が、タバコを取り出した。
「だから、その前に逃げる必要がある」
「逃げる? どこに」
「高橋さんが残した座標の場所だ」
黒木が、地図を指差した。
「沖縄の離島。そこに、次の石があるはずだ」
追跡者
その夜、俺はアパートに戻った。
データをバックアップして、必要最低限の荷物をまとめる。明日には、この部屋を出なければならない。
「考古学者になりたかっただけなのに……」
自嘲気味に呟いた。
その時、ドアがノックされた。
「誰だ」
返事はない。
嫌な予感がした。
ドアスコープから外を覗く。黒いスーツの男が、二人立っていた。
「篠原ケンジ君、開けてもらえますか」
低い声が、ドア越しに響いた。
「国家安全保障局の者です。少し、お話を伺いたい」
「令状は?」
「必要ありません。任意の聴取です」
任意。でも、拒否すれば強制的に連れて行かれるだろう。
「今、着替えます。少し待ってください」
「急いでください」
俺は、素早くバックパックを背負った。パソコンとUSBメモリを詰め込む。
窓を開けた。ここは二階だが、下は駐車場だ。飛び降りられない距離じゃない。
「篠原君、まだですか」
ドアを叩く音が、激しくなった。
「今、開けます」
俺は、窓から飛び降りた。
着地の瞬間、足首に鈍い痛みが走った。でも、構っている暇はない。
「待て!」
背後から、怒声が響いた。
俺は、走った。
駐車場を抜け、路地に入る。後ろから、足音が追ってくる。
「くそっ」
息が切れる。足が痛い。でも、止まれない。
路地を曲がり、商店街に出た。まだ店が開いている。人がいる。
「すみません」
通行人を押しのけながら、走り続けた。
後ろを振り返る。黒いスーツの男たちが、まだ追ってくる。
駅が見えた。
改札に飛び込み、Suicaをタッチする。ホームに駆け上がった。
ちょうど、電車が入ってくるところだった。
「間に合った……」
ドアが開く。俺は、飛び乗った。
ドアが閉まる直前、黒いスーツの男の一人が、ホームで立ち止まった。その目が、俺を睨んでいた。
電車が動き出した。
俺は、座席に崩れ込んだ。
「はあ、はあ……」
息が荒い。心臓が、破裂しそうだ。
でも、逃げ切った。
スマホを取り出して、黒木に電話をかけた。
「もしもし」
『篠原君か。どうした』
「追われました。今、電車で逃げてます」
『そうか。やはり、動き出したな』
黒木の声が、緊張していた。
『いいか、今すぐ新宿に来い。そこで落ち合おう』
「分かりました」
電話を切った。
窓の外を見る。夜の街が、流れていく。
「もう、後戻りできないな……」
小さく呟いた。
俺の日常は、完全に崩壊した。
でも、不思議と後悔はなかった。
これが、俺が選んだ道だ。
真実を追い求める、考古学者としての道だ。
「高橋さん、見ててください」
窓に映る自分の顔を見つめた。
「俺、絶対に真実を暴きます」
電車は、夜の闇の中を走り続けた。
俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。
第五章:翡翠(エメラルド)の地図
新宿の夜
新宿駅の雑踏に紛れて、俺は黒木との待ち合わせ場所に向かった。
歌舞伎町の裏路地。ネオンの光が届かない、薄暗い場所だ。
「篠原君」
暗がりから、黒木が現れた。
「無事だったか」
「なんとか。でも、もうアパートには戻れません」
「当然だ。今頃、部屋は家捜しされているだろう」
黒木が、タバコに火をつけた。
「ここもまずい。移動するぞ」
隠れ家
黒木に連れられて着いたのは、新宿から少し離れたビジネスホテルだった。
「ここなら、しばらくは安全だ」
部屋に入ると、黒木はノートパソコンを開いた。
「座れ。これから、本格的な作戦会議だ」
俺は、ベッドに腰を下ろした。
「黒木さん、あなたは一体何者なんですか。元政府職員って言ってましたけど」
「ああ。正確には、内閣情報調査室の元職員だ」
黒木が、画面から目を離さずに答えた。
「五年前まで、国家機密に関わる仕事をしていた。でも、ある事件をきっかけに辞めた」
「ある事件?」
「石に関する事件だ」
黒木が、初めて俺を見た。
「当時、俺は石の存在を知った。そして、それを隠蔽しようとする組織の存在も知った」
「それで、辞めたんですか」
「いや、辞めさせられたんだ。口封じのために」
黒木が、苦笑した。
「でも、俺は諦めなかった。独自に調査を続けて、今に至る」
「なぜ、そこまでするんですか」
「真実を知りたいからだ」
黒木が、タバコを消した。
「この世界には、表に出ない秘密が多すぎる。それが、俺は許せない」
その目には、強い意志があった。
「さて、本題に入ろう」
黒木が、画面を俺に向けた。
そこには、高橋さんが残した座標が表示されていた。
「沖縄県、八重山諸島の無人島。正確な位置は、ここだ」
地図が拡大される。小さな島が表示された。
「この島、名前もないんですか」
「地元の漁師は『禁忌の島』と呼んでいる」
黒木が、別の資料を開いた。
「古くから、この島には近づいてはいけないという伝承がある。上陸した者は、二度と戻ってこないと」
「まさか、そんな……」
「迷信だと思うか? でも、実際に何人も行方不明になっている」
黒木が、新聞記事を見せた。
『漁師、謎の失踪』
『調査隊、消息不明』
全て、その島に関連した事件だった。
「でも、高橋さんは、そこに石があると」
「ああ。おそらく、島の中心部に遺跡がある」
黒木が、立ち上がった。
「明日、そこに向かう。準備はいいか」
「え、もう?」
「時間がない。敵は、既に君の行動パターンを掴んでいる。ここも、長くは持たない」
黒木が、バッグから何かを取り出した。
偽造パスポートだった。
「これを使え。篠原ケンジという名前は、もう使えない」
パスポートを開くと、俺の写真が貼られていた。でも、名前は違う。
『田中康平』
「いつの間に、こんなものを……」
「俺の仕事は、情報と偽造だ」
黒木が、ニヤリと笑った。
「明朝六時、羽田空港で落ち合う。遅れるな」
デジタルの痕跡
黒木が出て行った後、俺は一人でパソコンに向かった。
高橋さんのデータを、もう一度詳しく見る。
座標の周辺には、他にも情報が隠されていた。
『紋様パターンD-5:地図記号の可能性』
地図記号?
ファイルを開くと、石の表面に刻まれた紋様の一部が、拡大されていた。
「これ、本当に地図なのか……」
よく見ると、紋様の中に規則性がある。線と点の組み合わせが、何かを示している。
試しに、その配置を座標に変換してみた。
「まさか……」
画面に、複数の座標が表示された。
八重山諸島の無人島。
エジプトのギザ高原。
ペルーのナスカ平原。
中国の西安。
インドのモヘンジョ・ダロ遺跡。
全て、古代文明の遺跡がある場所だった。
「これ、全部に石があるってことか?」
背筋が凍った。
つまり、あの石は一つじゃない。世界中に散らばっている。
「何のために……」
その時、スマホが鳴った。
知らない番号だった。
「もしもし」
『篠原ケンジ君だね』
低い、冷たい声だった。
「誰だ」
『君が誰と行動しているか、把握している』
「……」
『黒木誠一郎。元内調の落ちこぼれだ。彼を信用しない方がいい』
「何が言いたい」
『警告だよ。これ以上深入りすれば、君の家族にも累が及ぶ』
心臓が、止まりかけた。
「家族に、手を出すな……」
『それは、君次第だ。大人しくしていれば、何もしない』
「ふざけるな!」
『ふざけていない。これは最後通告だ』
電話が、切れた。
俺は、震える手でスマホを握りしめた。
家族。母さん、父さん、妹。
彼らを、巻き込むわけにはいかない。
「くそっ……」
でも、今さら引き返せない。
俺が降りたところで、彼らは見逃してくれないだろう。
むしろ、真実を暴くことが、家族を守ることにも繋がるかもしれない。
「考えるな。進むしかない」
自分に言い聞かせた。
パソコンに向かって、データの解析を続ける。
紋様の中に、まだ解読されていない部分があった。
『パターンE-1:時間軸の記述』
時間軸?
ファイルを開くと、複雑な数式が並んでいた。
「これ、何だ……」
数式を見ていると、ある規則性に気づいた。
「天体の周期?」
そうだ。これは、惑星の公転周期を表している。
地球、火星、木星、土星。全ての惑星の周期が、数式に組み込まれていた。
「なぜ、古代人が惑星の周期を……」
いや、待て。
これは、カレンダーだ。
特定の時期を示すための、天体カレンダーだ。
「いつだ……」
計算を始めた。数式を現代の暦に変換する。
一時間後、答えが出た。
「二ヶ月後……」
画面に表示された日付を、俺は呆然と見つめた。
二ヶ月後の、春分の日。
その日、全ての惑星が特殊な配置になる。
「その時に、何かが起きるのか……」
石が起動する。
いや、世界中の石が、同時に起動するのかもしれない。
「タイムリミットがあったのか……」
時計を見る。午前二時。
眠気は、全くなかった。
むしろ、頭が冴え渡っている。
「高橋さん、俺、真実に近づいてます」
画面に向かって、呟いた。
「必ず、全てを明らかにします」
窓の外では、東京の夜景が輝いていた。
でも、その光の裏側には、計り知れない闇が潜んでいる。
俺は、その闇に飛び込もうとしている。
「怖いけど、やるしかない」
パソコンを閉じて、ベッドに横になった。
明日から、新しい戦いが始まる。
その前に、少しでも体を休めないと。
目を閉じる。
でも、頭の中では、石の紋様がグルグルと回り続けていた。
第六章:深淵のコード
沖縄へ
羽田空港、早朝六時。
俺は偽造パスポートを握りしめて、搭乗ゲート前に立っていた。
「田中康平」
自分の偽名を、何度も心の中で繰り返す。間違えるわけにはいかない。
「おはよう」
背後から、黒木が声をかけてきた。
「準備はいいか」
「はい。でも、昨夜……」
俺は、あの脅迫電話のことを話そうとした。
「分かってる」
黒木が、俺の言葉を遮った。
「君の家族に接触があっただろう。心配するな、既に手は打ってある」
「え?」
「君の家族には、警察OBの知人をつけた。表向きは防犯ボランティアだ」
黒木が、搭乗券を取り出した。
「彼らは、そう簡単に民間人に手を出さない。それをすれば、騒ぎになる」
「本当に、大丈夫なんですか」
「保証はできない。でも、君が引き返しても、状況は変わらない」
黒木が、俺の肩を叩いた。
「進むしかないんだ。分かるだろう」
俺は、頷いた。
那覇行きの飛行機に乗り込む。
窓際の席に座って、外を見た。
東京が、どんどん遠ざかっていく。
「行ってきます」
小さく呟いた。
石垣島
那覇で乗り継いで、石垣島に着いたのは正午過ぎだった。
「ここから先は、船だ」
黒木が、港に向かって歩き出した。
「知り合いの漁師に、島まで連れて行ってもらう」
「その漁師、信用できるんですか」
「金で動く男だ。信用はできないが、裏切りもしない」
港に着くと、一隻の小さな漁船が停まっていた。
「よう、黒木」
船の上から、日焼けした中年男性が手を振った。
「久しぶりだな、宮城」
「おう。で、そっちの兄ちゃんが?」
「ああ。世話になる」
宮城と呼ばれた漁師が、俺たちを船に乗せた。
「禁忌の島に行くんだってな」
「知ってるのか」
「地元じゃ有名だよ。まあ、俺は迷信なんか信じねえけどな」
宮城が、エンジンをかけた。
船が、ゆっくりと港を離れていく。
「二時間くらいかかる。ゆっくりしてな」
幻視
船は、穏やかな海を進んでいた。
俺は甲板に座って、バックパックからノートパソコンを取り出した。
「まだ、解析するのか」
黒木が、隣に座った。
「ええ。昨夜、新しいことが分かったんです」
俺は、昨夜発見した天体カレンダーのことを話した。
「二ヶ月後の春分の日。その時に、何かが起きる」
「起動するのか」
「おそらく。でも、何が起きるのかは分かりません」
黒木が、海を見つめた。
「希望か、破滅か」
「え?」
「古代人が残したもの。それは、人類を救うための希望かもしれない。あるいは、文明をリセットするための破滅かもしれない」
その言葉が、胸に刺さった。
「俺たちは、パンドラの箱を開けようとしているのかもしれないな」
黒木が、タバコを取り出した。
その時だった。
ヴゥゥゥン――
頭の中に、低い振動音が響いた。
「うっ……」
俺は、頭を押さえた。
「篠原君?」
黒木の声が、遠くに聞こえる。
視界が、歪んだ。
そして、目の前に光景が広がった。
古代の記憶
それは、見たこともない世界だった。
巨大な都市。空には、複数の月が浮かんでいる。いや、月じゃない。人工の構造物だ。
街を歩く人々。でも、人間じゃない。背が高く、肌が青白い。
『時が来る』
誰かの声が、頭の中に響いた。
『我々の文明は、終わりを迎える』
場面が切り替わる。
巨大な神殿。中央に、翡翠色の石が置かれている。あの石だ。
周囲に、何十人もの人々が跪いている。
『種を残す』
声が、続いた。
『未来の者たちへ。我々の記憶を』
石が、光り始めた。
眩しい光が、神殿全体を包み込む。
そして、全てが消えた。
「篠原君!」
黒木が、俺の肩を揺さぶっていた。
「大丈夫か!」
「あ、ああ……」
俺は、額の汗を拭った。
「今、何が……」
「分からない。急に、倒れたんだ」
黒木が、心配そうに俺を見ている。
「幻視、ですかね……」
「幻視?」
「石の記憶を、見た気がします」
俺は、今見た光景を説明した。
黒木は、黙って聞いていた。
「つまり、石は記憶媒体だと」
「はい。古代文明の記憶が、刻まれている」
「なぜ、君にそれが見えた」
「分かりません。でも、あの遺跡で石に触れた時から、何か変わった気がします」
俺は、自分の手を見た。
「石が、俺に何かを伝えようとしているのかもしれません」
禁忌の島
二時間後、島が見えてきた。
小さな、無人島だ。
「あれが、禁忌の島か」
黒木が、双眼鏡で島を観察している。
「植生が、おかしいな」
「おかしい?」
「周辺の島と比べて、明らかに植物の種類が違う。まるで、人工的に管理されているみたいだ」
船が、島に近づく。
「おい、ここまでだぜ」
宮城が、エンジンを止めた。
「これ以上は、俺も近づきたくねえ」
「分かった。ここから、ボートで行く」
黒木が、船に積まれていたゴムボートを下ろした。
「三日後、ここに戻ってくる。待っていてくれ」
「おう。気をつけろよ」
俺たちは、ボートに乗り込んだ。
黒木がオールを漕ぎ、島に近づいていく。
浜辺に上陸すると、異様な静けさに包まれた。
「鳥の声が、しない」
俺が呟くと、黒木も頷いた。
「ああ。生物の気配がない」
ジャングルに入る。
木々が鬱蒼と茂っているが、確かに動物の気配がない。虫の音すらしない。
「不気味ですね」
「ああ。まるで、隔離されているみたいだ」
三十分ほど歩くと、開けた場所に出た。
そして、目の前に現れたものに、俺たちは息を飲んだ。
遺跡
それは、神殿だった。
石で作られた、巨大な階段状のピラミッド。
でも、様式が既知のどの文明とも違う。エジプトでもマヤでもない。全く独自の建築様式だ。
「これ、本物か……」
黒木が、呆然と呟いた。
「年代測定が必要だが、少なくとも数万年は経っているように見える」
俺は、神殿に近づいた。
表面には、びっしりと紋様が刻まれている。
あの石と、同じ紋様だ。
「黒木さん、これ……」
「ああ。間違いない。ここが、石の起動場所だ」
神殿の入口が、ぽっかりと口を開けている。
「中に、入りましょう」
俺が一歩踏み出そうとした時、また頭の中に声が響いた。
『来たか』
「誰だ!」
周囲を見回す。でも、誰もいない。
『恐れるな。我々は、敵ではない』
「我々?」
『お前が見た記憶。それは、我々が残したものだ』
頭の中で、会話が続く。
『我々は、この星の最初の文明。だが、滅びた』
「なぜ……」
『時が来たからだ。全ての文明には、終わりがある』
「それで、石を残したのか」
『そうだ。次の文明への、遺産として』
声が、優しくなった。
『中に入れ。全てを知る時が来た』
「篠原君?」
黒木が、心配そうに俺を見ている。
「大丈夫です。行きましょう」
俺は、神殿の中へと足を踏み入れた。
内部は、想像以上に広かった。
壁一面に、紋様が刻まれている。
そして、最奥に。
「あれは……」
中央の祭壇に、巨大な翡翠色の石が置かれていた。
あの石よりも、はるかに大きい。直径三メートルはある。
「これが、本体か」
黒木が、呟いた。
俺は、石に近づいた。
手を伸ばす。
触れた瞬間、世界が光に包まれた。
そして、俺の意識は、深い深い記憶の海へと沈んでいった。
第七章:影の包囲網
記憶の洪水
光の中で、俺は浮遊していた。
いや、浮遊しているのは俺の意識だけだ。肉体の感覚がない。
『見せよう』
あの声が、再び響いた。
『我々の記憶を。そして、真実を』
視界が開ける。
そこは、数万年前の地球だった。
失われた文明
巨大な都市が、眼下に広がっている。
高層建築。空を飛ぶ乗り物。エネルギーの光が、街全体を照らしている。
「これが、古代文明……」
『我々は、アトランティスと呼ばれた』
声が説明する。
『いや、それは後世の人間がつけた名だ。我々の本当の名は、もう失われた』
場面が変わる。
研究所のような場所。科学者たちが、巨大な石を囲んでいる。翡翠色の、あの石だ。
『我々は、宇宙の真理に到達した』
『この石は、記憶結晶。情報を半永久的に保存できる』
『だが、我々は知ってしまった』
画面が暗転する。
『この惑星の周期を。文明の寿命を』
天体図が浮かび上がる。複雑な軌道を描く惑星たち。
『五万年ごとに、天体の配置が特殊な状態になる』
『その時、この惑星の磁場が反転し、大災害が起きる』
『我々の文明は、その災害によって滅びる運命にあった』
種としての遺産
場面が変わる。
会議場のような場所。多くの人々が、議論している。
『逃げるべきだ。宇宙へ』
『いや、この星を守るべきだ』
『無駄だ。災害は避けられない』
議論は、平行線をたどる。
そして、一人の老人が立ち上がった。
『ならば、種を残そう』
老人の声が、場を静めた。
『我々の知識を。記憶を。次の文明へ』
『記憶結晶に、全てを刻む。そして、世界中に配置する』
『いつか、次の文明がそれを見つけるだろう』
『彼らに、我々の過ちを繰り返させないために』
最後の日々
場面が変わる。
世界中に、石が配置されていく。
エジプト、ペルー、中国、インド、日本。
全て、地磁気の特殊なポイントだ。
『これらの石は、ネットワークを形成する』
声が説明する。
『天体の配置が整った時、全てが起動する』
『そして、次の文明に警告を発するのだ』
「警告?」
『そうだ。五万年周期の災害は、再び来る』
『君たちの文明も、その時期に近づいている』
背筋が凍った。
「つまり、二ヶ月後の春分の日に……」
『災害が起きる。磁場の反転が』
「それを、止められるのか」
『いや。自然の摂理は止められない』
絶望が、胸を締め付けた。
『だが、備えることはできる』
『石が起動すれば、災害のパターンが分かる。避難する時間が得られる』
「それが、あなたたちの遺産……」
『そうだ。我々は滅びた。だが、次の文明を救いたかった』
光が、薄れていく。
『頼む。石を起動させてくれ』
『そして、君たちの文明を守ってくれ』
目覚め
「うっ……」
俺は、床に倒れていた。
「篠原君!」
黒木が、駆け寄ってきた。
「大丈夫か。急に倒れて……」
「ああ、大丈夫です」
俺は、ゆっくりと起き上がった。
「全部、見ました。石の記憶を」
「記憶?」
俺は、今見た全てを黒木に話した。
古代文明。五万年周期の災害。石の真の目的。
黒木は、黙って聞いていた。
「つまり、二ヶ月後に災害が起きると」
「はい。磁場の反転です。それによって、地震、津波、火山噴火が世界中で起きる」
「それを止められないのか」
「自然現象だから、止められません。でも、備えることはできる」
俺は、石を見上げた。
「この石を起動させれば、災害のパターンが分かる。避難計画を立てられる」
「なるほど。だが、問題がある」
黒木が、厳しい表情になった。
「その情報を、誰が信じる?」
その言葉に、俺は黙った。
確かに、誰が信じるだろう。古代文明の警告なんて。
「まず、石を起動させましょう。それから考えます」
「ああ。で、どうやって起動するんだ」
俺は、石の表面を見た。
紋様が、複雑に絡み合っている。
「おそらく、他の石が必要です」
「他の石?」
「世界中に配置された石。それらを、特定の順序で起動させる必要がある」
「つまり、世界中を回らなきゃいけないのか」
「はい。でも、時間がない。二ヶ月しかない」
その時、外から声が聞こえた。
「そこにいるのは分かっている! 出てこい!」
俺と黒木は、顔を見合わせた。
「誰だ……」
黒木が、銃を取り出した。
「いつから、そんなもの……」
「用心だ。行くぞ」
包囲
神殿の外に出ると、黒いスーツの男たちが十人以上、包囲していた。
「黒木誠一郎、篠原ケンジ。ご苦労だった」
男たちの中から、一人が前に出てきた。
五十代くらいだろうか。威厳のある顔つきだ。
「あなたは……」
「私の名前は重要ではない。重要なのは、君たちがここで終わりだということだ」
男が、手を挙げた。
部下たちが、一斉に銃を構える。
「待て」
黒木が、前に出た。
「俺たちを殺して、何になる」
「君たちが、余計なことを知りすぎた」
男が、冷たく笑った。
「石の秘密。それは、世界の秩序を乱す」
「秩序? 冗談じゃない」
黒木が、叫んだ。
「二ヶ月後、世界中で災害が起きるんだぞ。それを隠蔽するつもりか」
「災害?」
男が、眉をひそめた。
「何を言っている」
「知らないのか……」
俺が、前に出た。
「この石は、古代文明からの警告です。二ヶ月後、磁場の反転によって大災害が起きる」
「荒唐無稽な」
「本当です! 俺は、石の記憶を見た。全て、事実です」
男は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「仮に、それが本当だとしよう」
「だったら――」
「だからこそ、隠蔽する」
男の言葉に、俺は凍りついた。
「パニックを避けるためだ。世界中の人間が、その情報を知ったらどうなる」
「でも、避難すれば――」
「避難できるのは、一部の人間だけだ」
男が、断言した。
「全人類を救うことはできない。ならば、秩序を保ったまま、選ばれた者だけを救う」
「選ばれた者……?」
「そうだ。我々の組織は、既にその準備をしている」
男が、神殿を見上げた。
「この石は、我々が管理する。一般人に知らせる必要はない」
「ふざけるな!」
俺は、叫んだ。
「人の命を、勝手に選別するな!」
「綺麗事だ」
男が、冷たく言い放った。
「現実を見ろ。全員を救うことはできない」
「だからって――」
銃声が響いた。
俺の足元の地面に、弾痕ができた。
「これ以上、抵抗するな」
男が、銃を下ろした。
「大人しく、我々と来てもらおう」
部下たちが、近づいてくる。
俺と黒木は、完全に包囲された。
「篠原君」
黒木が、小さく呟いた。
「走れ」
「え?」
「三つ数えたら、神殿の中に飛び込め」
「でも、あなたは――」
「いいから!」
黒木が、叫んだ。
「一!」
部下たちが、構える。
「二!」
黒木が、銃を構えた。
「三!」
黒木が、発砲した。
同時に、俺は神殿の中に飛び込んだ。
外から、銃声が響く。
「黒木さん!」
叫んだが、返事はない。
「くそっ……」
俺は、神殿の奥へと走った。
追っ手の足音が、背後から迫る。
翡翠色の石が、目の前にある。
「頼む、何か方法を……」
石に手を伸ばした。
その瞬間、石が激しく光り始めた。
ヴゥゥゥン――
低い振動音が、神殿全体に響く。
「何だ、これは!」
追っ手の声が、聞こえた。
光が、どんどん強くなる。
そして、神殿全体が揺れ始めた。
「まずい、崩れるぞ!」
誰かが叫んだ。
足音が、遠ざかっていく。
俺は、石の前で立ち尽くしていた。
光の中で、あの声が再び響いた。
『時が来た』
「え?」
『お前は、選ばれた。次の守護者として』
「守護者……?」
『この石を守れ。そして、人類を導け』
光が、俺を包み込んだ。
意識が、遠のいていく。
「待って、俺には……」
そこで、意識が途切れた。
第八章:眠れる守護者
目覚め
気がつくと、俺は神殿の床に倒れていた。
「うっ……」
体が重い。まるで、何日も眠っていたかのようだ。
「篠原君!」