青空短編小説

暁の剣と黄金の爪:ヒノモト維新の秘録

  • 登録日時:
  • 更新日時:

あらすじ

十九世紀、国際金融を支配するゴールデンクロウ家は「黄金の尺度」で世界を掌握していた。竜の帝国ジンは麻薬ムソウカで荒廃させられ、経済植民地と化す。次の標的は暁の国ヒノモトだった。若き志士アキヤマ・ソウゴは、幕府を倒し新政府を樹立するが、待ち受けていたのはクロウ家による金融支配の罠だった。欧米視察で植民地の悲惨な現実を目の当たりにしたソウゴは、関税権と貨幣発行権を死守する戦いに挑む。これは、見えない黄金の爪と戦った男たちの物語である。

暁の剣と黄金の爪:ヒノモト維新の秘録


序章:黄金の胎動


炎の平原に、死臭が立ち込めていた。


一八一五年六月十八日。大陸全土を震撼させた決戦の報が、アルビオンの金融街に届いたのは、その翌日の夜だった。


「……敗北、だと?」


証券取引所に集まった商人たちの顔から、血の気が引いた。アルビオン軍が負けたという知らせは、国債の暴落を意味する。彼らは我先にと売りに走った。


だが、ひとりだけ、違う動きをした男がいた。


ゴールデンクロウ家当主、ネイサン・クロウ。


「……買え。全て買い占めろ」


彼の冷たい命令に、部下たちは震えた。


「し、しかし当主! アルビオンが負けたのです! 国債は紙くず同然に……」


「私が言ったのは『買え』だ」


クロウの金色の瞳が、凍てついた光を放つ。


翌朝。


真実が明らかになった。アルビオン軍は、勝利していた。偽の敗戦情報を流したのは、クロウ自身だった。暴落した国債を底値で買い占めた彼は、一夜にして莫大な富を手にした。


「これが、世界を動かす力だ」


クロウは窓の外、霧に煙るアルビオンの街を見下ろした。彼の手には、国家すら操る金融の力が握られていた。


それから数十年。


ゴールデンクロウ家は、アルビオンの金融界を完全に支配した。彼らが確立した「黄金の尺度」——金本位制は、世界経済の新たな基準となった。


貨幣の価値を金で裏打ちする。それは、金を最も多く保有する者が、世界の富を支配することを意味していた。


そしてクロウ一族は、その頂点に君臨した。


彼らの爪は、次なる獲物を求めて、東方へと伸びていく。


第一部:竜の悲劇と帝国主義の影


第一章:竜の帝国の誇り


「また、ムソウカか……」


竜の帝国ジンの若き官僚、リュウ・ショウエンは、眉をひそめた。


彼の目の前には、憔悴しきった人々が列をなしていた。目は虚ろで、体は骨と皮だけ。ムソウカ——アルビオンが持ち込んだ幻影の草の中毒者たちだ。


「どうして、こんなことに……」


ショウエンは拳を握りしめた。


ジン帝国は、かつて東方最大の文明国として栄えていた。絹、陶磁器、茶。世界中が、ジンの産品を欲しがった。


だが、アルビオンは違った。


彼らが欲しがったのは、ジンの富そのものだった。


「陛下、ムソウカの密輸を取り締まるべきです!」


ショウエンは皇帝に直訴した。


「北海貿易組合シルバーウィルが、植民地で栽培したムソウカを我が国に流し込んでいます。このままでは、帝国の民が滅びます!」


皇帝は重々しく頷いた。


「……分かった。全てのムソウカを没収し、焼却せよ」


一八三九年、ジン帝国は断固たる措置に出た。アルビオン商人から押収したムソウカは、二万箱以上。それらは全て、海へ投げ捨てられた。


だが、これが悲劇の始まりだった。


第二章:ムソウカ戦争


「我が国の財産を破壊した! これは宣戦布告だ!」


アルビオンの議会は、激高した。


ショウエンは信じられなかった。毒を撒き散らしておきながら、それを取り締まったら戦争だと?


「正義は、我々にある……」


だが、正義は力の前に無力だった。


一八四〇年、アルビオンの艦隊がジン帝国の沿岸に現れた。蒸気で動く鉄の船。圧倒的な火力。ジン帝国の木造船など、子供の玩具同然だった。


砲撃が始まった。


沿岸の都市が、次々と炎に包まれる。ジン帝国の軍は、なすすべもなく敗走した。


「くそ……! くそっ!」


ショウエンは、燃え盛る街を見つめながら、涙を流した。


戦争は、アルビオンの圧勝で終わった。


ジン帝国は、屈辱的な条約に調印させられた。


賠償金。港の開放。そして——関税自主権の放棄。


「これで……ジンは終わりだ」


ショウエンは、条約文を見つめながら呟いた。


関税を自由に決められないということは、アルビオンの安価な製品が無制限に流入することを意味する。ジンの産業は、壊滅するだろう。


さらに恐ろしいのは、「黄金の尺度」への組み込みだった。


アルビオンの通貨制度に従属させられることで、ジン帝国の貨幣発行権すら、事実上奪われる。


「これが……自由貿易的帝国主義……」


ショウエンは、震える声で呟いた。


武力で征服するのではない。経済で支配する。それがアルビオンの、そしてゴールデンクロウ家の戦略だった。


ジン帝国の衰退は、もう誰にも止められなかった。


第三章:黄金の糸


その頃、アルビオンの金融街。


ゴールデンクロウ家の当主、ライオネル・クロウは、報告書を読んでいた。


「ジン帝国との戦争、予想通りの結果だな」


「はい。賠償金の支払いにより、ジンの金は我々の手に流れ込みます」


「よろしい。次は……」


ライオネルの指が、地図上のある島国を指した。


「暁の国、ヒノモトだ」


第二部:暁の国への波濤


第一章:黒船来航


一八五三年、夏。


暁の国ヒノモトの江戸湾に、見たこともない巨大な船が現れた。


「化け物だ……!」


漁師たちは、恐怖に震えた。黒い鉄の船体。煙を吐く煙突。それは、新大陸連合ユニオンの蒸気船だった。


ユニオンの特使、マシュー・ペリー提督は、ヒノモト幕府に開国を要求した。


「我々は、友好と貿易を望む」


だが、その言葉の裏には、明確な脅しがあった。拒否すれば、武力行使も辞さない、と。


幕府の重臣たちは、混乱した。


「攘夷だ! 夷狄を追い払え!」


「いや、戦えば負ける。開国しかない……」


議論は紛糾した。


だが、ペリー提督は、ヒノモトの指導者たちにひとつの警告を残していった。


「諸君、竜の帝国ジンの運命を知っているか?」


ペリーは、ジン帝国がアルビオンに経済支配された経緯を、詳細に語った。


「ムソウカ戦争の後、ジンは関税自主権を奪われた。アルビオンの製品が流入し、ジンの産業は壊滅した。今やジンは、アルビオンの経済植民地も同然だ」


重臣たちの顔色が変わった。


「ヒノモトも、同じ道を辿りたいか? ならば、聞け。国を守る唯一の方法は、高関税による保護主義だ。自国の産業を、外国の安価な製品から守れ。さもなくば、ジンの二の舞だ」


ペリーの言葉は、重く響いた。


第二章:不平等条約


だが、ユニオンの忠告も空しく、ヒノモトはアルビオンの圧力に屈した。


一八五八年、四国連合艦隊による砲撃を受けたヒノモトは、関税率を大幅に引き下げざるを得なくなった。


「……五パーセント? ふざけるな!」


交渉の場にいた若き武士は、怒りに震えた。


だが、アルビオンの外交官は冷笑した。


「これが、文明国の条件だ。受け入れるか、それとも戦うか?」


ヒノモトには、戦う力がなかった。


条約は調印された。


そして、予想通りのことが起きた。


アルビオンの安価な綿織物が、ヒノモト市場に溢れた。国内の織物産業は、壊滅的な打撃を受けた。職人たちは次々と廃業し、街には失業者が溢れた。


「これが……ジンと同じ道か……」


幕府の財政も、急速に悪化した。金銀の流出が止まらない。


ヒノモトは、危機に瀕していた。


第三章:時代の胎動


南風藩カザミ。


若き志士、アキヤマ・ソウゴは、藩の仲間たちと密談していた。


「攘夷は、もう無理だ」


ソウゴの言葉に、仲間たちは顔を上げた。


「何を言う、ソウゴ! 夷狄を追い払わずして、何が武士か!」


「違う」


ソウゴは、静かに首を振った。


「俺たちが戦うべきは、外国じゃない。この腐った幕府だ」


彼は、ジン帝国の悲劇を学んでいた。ペリーの警告も、理解していた。


「幕府は、外国に屈した。このままじゃ、ヒノモトはジンと同じ道を辿る。だから……」


ソウゴの目が、鋭く光った。


「幕府を倒す。新しい政府を作る。そして、ヒノモトを守るんだ」


それが、ヒノモト維新の始まりだった。


第三部:影の商人と維新の火種


第一章:影の商社


一八六三年。


カザミ藩と西陽藩ナギの倒幕派志士たちは、深刻な問題に直面していた。


「武器が足りない……!」


幕府軍は、フランスから最新式の銃を購入していた。だが、倒幕派には資金がなかった。


そこに、救いの手を差し伸べたのが、影の商社グレイヴだった。


グレイヴ商社の当主、トーマス・グレイヴは、流暢なヒノモト語でソウゴたちに語りかけた。


「我々は、諸君の志を支援したい」


「……何の見返りもなしに?」


ソウゴは、疑念を隠さなかった。


グレイヴは笑った。


「見返りは、ある。新政府ができた暁には、我々との貿易を優遇してほしい。それだけだ」


ソウゴは、考え込んだ。


彼は知っていた。グレイヴ商社の背後には、アルビオンの巨大貿易組織シルバーウィルがいることを。そして、その更に奥には、ゴールデンクロウ家がいることを。


「……悪魔と手を組むのか?」


仲間のひとりが呟いた。


だが、ソウゴは決断した。


「外国の力を借りてでも、幕府を倒す。それが、ヒノモトを救う唯一の道だ」


彼は、グレイヴの手を握った。


第二章:両建ての罠


その頃、パリ。


フランス政府の高官が、ゴールデンクロウ家の代理人と会談していた。


「幕府への融資と武器供給、承知しました」


代理人は、淡々と答えた。


「我々は、ヒノモトの安定を望んでいます。幕府が勝とうと、倒幕派が勝とうと、構いません」


高官は、眉をひそめた。


「……どちらでも構わない、とは?」


「ええ」


代理人は、冷たく微笑んだ。


「我々が融資しているのは、アルビオン側の倒幕派だけではありません。フランスを通じて、幕府にも資金を提供しています。どちらが勝っても、ゴールデンクロウ家は損をしません」


これが、クロウ一族の戦略だった。


両陣営に資金を提供し、リスクを分散させる。そして、戦争が長引けば長引くほど、両陣営は借金を重ね、戦後はクロウ家に頭が上がらなくなる。


「完璧な、罠だ……」


高官は、背筋が凍る思いだった。


第三章:血塗られた勝利


一八六八年。


倒幕派は、ついに幕府軍を打ち破った。新政府が樹立され、ソウゴは新政府の中心人物となった。


だが、勝利の喜びは、すぐに冷めた。


「……借金が、こんなに?」


新政府の財政を調べたソウゴは、愕然とした。


グレイヴ商社への支払い。シルバーウィルへの利息。そして、間接的にゴールデンクロウ家へ流れる金。


「俺たちは……利用されただけなのか?」


ソウゴは、唇を噛んだ。


だが、彼は諦めなかった。


「まだ終わってない。ここからが、本当の戦いだ」


ヒノモトを、ゴールデンクロウ家の支配から守る戦い。


それは、金融という見えない戦場での戦いだった。


第四部:新生ヒノモトと黄金の試練


第一章:大視察団


一八七一年。


新政府は、オウシュウ・ユニオン大視察団を派遣した。目的は、欧米の文明を学ぶこと。そして、不平等条約の改正交渉だった。


ソウゴも、この視察団に参加した。


最初の訪問地は、新大陸連合ユニオンだった。


「ようこそ、ヒノモトの諸君」


ユニオンの外交官は、友好的に迎えた。


だが、条約改正の交渉は、すぐに暗礁に乗り上げた。


「関税自主権の回復? それは、時期尚早だ」


ソウゴは、悔しさをこらえた。


だが、ユニオンの外交官は、ひとつの忠告をくれた。


「アキヤマ氏、気をつけたまえ。アルビオン——いや、ゴールデンクロウ家は、ヒノモトを経済的に支配しようとしている。彼らは、融資という名の鎖で、諸君の国を縛ろうとしているんだ」


ソウゴは、既にそれを痛感していた。


「どうすれば……」


「戦うしかない。金融で、外交で、軍事で。そして何より、自国の産業を育てることだ」


第二章:鉄血の教訓


視察団は、次に鉄の国ゲルマニアを訪れた。


そこで、ソウゴは鉄血宰相フォン・シュタインと会談した。


「国際法? そんなものは、強国の都合で作られた飾りに過ぎん」


シュタインは、冷笑した。


「国を守るのは、法ではない。鉄と血だ。軍事力だ」


ソウゴは、その言葉に衝撃を受けた。


「ヒノモトが生き残りたければ、軍備を整えろ。さもなくば、ジンの二の舞だ」


シュタインの言葉は、ソウゴの心に深く刻まれた。


第三章:植民地の現実


東南アジア。


視察団は、アルビオンの植民地を訪れた。


そこでソウゴが見たのは、地獄だった。


現地の人々は、奴隷同然の扱いを受けていた。子供たちは栄養失調で骨と皮だけ。畑では、ムソウカが栽培されていた。


「これが……アルビオンの支配か……」


ソウゴは、吐き気を覚えた。


そして、恐怖した。


ヒノモトが、このようになる可能性が、まだ残っているのだと。


「絶対に……こんな国にはさせない!」


ソウゴの決意は、固まった。


第四章:鉄道と関税権


一八七二年、ヒノモト帰国後。


新政府は、近代化を急いだ。その象徴が、鉄道建設だった。


だが、資金が足りない。


アルビオンの銀行が、融資を申し出てきた。


「鉄道建設資金として、一千万ポンドを融資しましょう」


だが、条件があった。


「担保として、ヒノモトの関税権を差し出していただきます」


ソウゴは、激怒した。


「ふざけるな! それは、ジンと同じ道じゃないか!」


交渉は難航した。


だが、ソウゴは諦めなかった。彼は、アルビオン側の内部対立を利用し、条件を緩和させることに成功した。


担保は、特定の港湾施設の運営権のみに限定された。関税権そのものは、守られた。


「……なんとか、食い止めた」


ソウゴは、安堵の息を吐いた。


第五章:貨幣発行権の守護


一八八二年。


ソウゴは、ヒノモト中央銀行の設立を主導した。


ジン帝国が失った最も重要なもの。それは、貨幣発行権だった。


「通貨の発行を、外国に握られてはならない」


ソウゴは、銀行制度を確立し、ヒノモトの通貨を安定させた。


ゴールデンクロウ家は、これに反発した。


だが、ソウゴは屈しなかった。


「ヒノモトの通貨は、ヒノモトが管理する。当然のことだ」


彼の断固とした姿勢に、クロウ家も妥協せざるを得なかった。


終章:夜明けの光


一九〇二年。


アキヤマ・ソウゴは、すでに老境に入っていた。


彼は、窓の外を眺めていた。


ヒノモトは、変わった。鉄道が走り、工場が煙を吐き、軍艦が港に並ぶ。


「……ここまで来たか」


だが、戦いは終わっていなかった。


アルビオンとの同盟交渉が、進んでいた。


「ソウゴ殿、アルビオンとの同盟は、ヒノモトの安全保障に必要です」


若い外交官が進言した。


だが、ソウゴは慎重だった。


「アルビオンの思惑に、乗せられてはならん」


彼は、ロシアとの交渉も並行して進めさせた。


アルビオンに主導権を握らせないために。


「複数の選択肢を持つこと。それが、弱小国が生き残る道だ」


一九〇二年、日英同盟が締結された。


だが、それはアルビオンの思惑通りではなく、ヒノモトが主体性を保った形での同盟だった。


ソウゴは、満足した。


「……俺たちは、なんとか生き残った」


彼は、窓の外の朝日を見つめた。


暁の国ヒノモトは、ゴールデンクロウ家の黄金の爪から、自由を守り抜いた。


完全な勝利ではない。


だが、敗北でもない。


「次の世代が、この戦いを続けるだろう」


ソウゴは、静かに微笑んだ。


そして、彼は知っていた。


世界の金融の中心が、アルビオンからユニオンのウォール・ストリートへと移り始めていることを。


ゴールデンクロウ家の支配も、永遠ではない。


「時代は、動き続ける……」


ソウゴは、目を閉じた。


暁の剣と、黄金の爪。


その戦いは、これからも続く。


だが、ヒノモトは負けない。


なぜなら、この国には——夜明けの光があるから。


【完】