新たな悪戯、新しい顔
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている私は、学校を卒業してからも相変わらず、退屈な日々を送っていた。東京の喧騒から逃れるように、私はとある田舎の温泉地へと赴いた。しかし、そこでも私の性分は変わらない。ある日、私は温泉宿の裏手にある竹林で、妙な音を耳にした。
竹林の珍客
音のする方へ忍び足で近づくと、そこには見慣れない男がいた。その男は、私の大事な栗の木を盗みに来た勘太郎のように、竹の芽を掘り起こしていた。私は黙ってその様子を見ていたが、男の無様な手つきに思わず吹き出してしまった。男は驚いて振り返り、私を睨みつけた。しかし、私の目は、その男の背後に隠された、小さな竹筒に釘付けになった。それは、清が昔、私の小遣いのために便所に落とした蝦蟇口を拾い上げた時に使ったような、手製の道具に見えたのだ。
「何をしている」と私が問うと、男は「山菜を採っているだけだ」とぶっきらぼうに答えた。しかし、その顔は明らかに焦っている。私は、この男がただの山菜採りではないと直感した。彼の目的は、宿の裏手にひっそりと育つ、珍しい筍だったのだ。私は幼い頃、茂作の人参畠を荒らした時のような、いたずら心が湧き上がってくるのを感じた。
清の教え、そして真直ぐな心
私は男に、宿の主人に言うぞ、と脅した。男は観念したように、筍を諦め、悄然と去っていった。その日の夕食、私は宿の女中から、男が「少しばかりおかしな客でした」と話しているのを聞いた。私は、自分の行為が正しいことだったのか、一瞬だけ考えた。しかし、あの時、清が私を「真直ぐでよいご気性だ」と褒めてくれた言葉が蘇った。あの婆さんは、いつだって私のことを信じてくれた。私の無鉄砲な行動の裏に、一本筋の通ったものを見出してくれていたのだ。私は、たとえ世間からは乱暴者と爪弾きされようとも、清だけは私を「珍重してくれた」。その清の信頼に、私は報いなければならない。たとえそれが、些細な悪戯の結果としてでも。
翌朝、私は宿の主人に、あの竹林に珍しい筍が生えていることをさりげなく伝えた。主人は驚き、早速竹林へと向かった。私の「無鉄砲」な行動が、結果として宿の益となったことに、私は少しばかり満足した。私は、この温泉地でも、私なりのやり方で「真直ぐ」に生きていくのだろう。清の「愛に溺れていた」贔屓目 は、私にとって、いつまでも心地よい「こころ」の支えなのであった。
原作小説
- 原作小説名
- 坊っちゃん
- 原作作者
- 夏目 漱石
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card752.html