青空短編小説

おばあちゃんの最後の訪問

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あらすじ

会社員の佐藤遥(28)の元に、実家で暮らす祖母・千代が突然訪ねてくる。大のおばあちゃん子だった遥は、予想外の訪問に驚きつつも大喜び。会社を休み、久しぶりに二人でゆっくり語り合い、祖母の好物だった寿司を囲んで笑い合う。幸せな時間を過ごした翌日、母からの電話で千代が静かに息を引き取ったことを知る。遥は、祖母が最後に自分に会いに来てくれた理由を悟り、涙する。

第一章 予想外の来訪者


朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。


私、佐藤遥は、いつも通りの朝を迎えていた。


トースターから焼きたてのパンを取り出し、バターを塗る。コーヒーの香りが部屋に広がる。今日も会社に行って、書類をチェックして、会議に出て……そんな平凡な一日が始まるはずだった。


時計を見る。七時半。


「よし、間に合うな」


制服のブラウスのボタンを留めながら、鏡の前に立つ。


その時だった。


コンコン、と。


遠慮がちなノックの音が、玄関のドアから聞こえてきた。


「え?」


この時間に誰だろう。宅配便にしては早すぎる。隣人にしても、朝から訪ねてくるような用事があるだろうか。


私は訝しみながらドアに向かい、チェーンをかけたまま、そっと開けた。


そして、息をのんだ。


「……おばあちゃん?」


そこに立っていたのは、間違いなく祖母、千代だった。


古びた旅行鞄を片手に提げ、いつもの優しい笑顔を浮かべて。


「遥ちゃん、急にごめんね。ちょっと顔が見たくなってね」


その声は、少しかすれているけれど、確かに祖母のものだった。


頭が真っ白になる。


だって、おばあちゃんは、実家で暮らしているはず。ここは都心。電車を乗り継いで三時間以上かかる距離だ。しかも、一人で。


「お、おばあちゃん! どうしたの、急に!」


私は慌ててチェーンを外し、ドアを全開にした。


「すごく嬉しい!」


驚きと喜びが、胸の中で激しくぶつかり合う。


私は幼い頃から、大のおばあちゃん子だった。夏休みになれば、必ず田舎の家に泊まりに行った。おばあちゃんの畑で採れたトマトを丸かじりしたり、川で魚を捕まえたり。


おばあちゃんは、いつも私の話を優しく聞いてくれた。怒ったり、否定したりせず、ただ頷いて、笑ってくれた。


だから、こうして急に訪ねてきてくれたことが、予想外すぎて、でも嬉しくて。


「さあさあ、入って入って!」


私は祖母の荷物を受け取り、部屋に招き入れた。


千代は小さな身体を丸めるようにして、私の狭いワンルームに足を踏み入れた。


「まあ、遥ちゃん、ひとりでこんなところに住んでるのね。立派になって」


「もう、何言ってるの。全然立派じゃないよ」


私は笑いながら、スリッパを差し出した。


そして、ふと気づく。


「あ、ちょっと待って。会社、休もう」


「え、いいの? 仕事、大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。こんな素敵なサプライズ、逃すわけないじゃん」


私はスマホを取り出し、上司にメッセージを送った。急な体調不良ということにして。


まあ、嘘じゃない。心臓がドキドキして止まらないんだから。


第二章 懐かしい時間


「お茶、淹れるね」


私はキッチンに立ち、急須にお湯を注いだ。


千代は、小さなテーブルの前に座り、部屋をぐるりと見回している。


「遥ちゃん、ちゃんと片付いてるのね。偉いわ」


「そ、そうかな……」


実は昨日、慌てて掃除したばかりだ。普段はもっと散らかってる。


でも、おばあちゃんには言えない。


「ほら、お茶」


私は湯呑みを差し出し、祖母の隣に座った。


「ありがとう」


千代は両手で湯呑みを包み込むようにして、ゆっくりと一口飲んだ。


「美味しいわ。遥ちゃんが淹れてくれたお茶は、いつも美味しい」


「おばあちゃん、大げさだよ」


私は照れくさくて、視線を逸らした。


そして、二人で他愛のない話をした。


仕事のこと。最近のこと。田舎の猫のこと。


「あの三毛猫ね、また子猫を産んだのよ。今度は四匹も」


「え、また? あの子、すごいね」


「そうなの。もう、家中猫だらけで大変なのよ」


千代はクスクスと笑った。


その笑い声が、昔と変わらなくて。


でも、少しだけ、弱々しくて。


私は胸の奥に、小さな不安を感じた。


でも、すぐに打ち消す。


今は、この時間を楽しもう。


第三章 お寿司の約束


時計の針が、昼を指した。


「お昼、どうしようか」


私は冷蔵庫を開けたけれど、ろくな食材が入っていない。卵と、賞味期限ギリギリの牛乳と、しなびたキャベツ。


「あ、そうだ! お寿司、取ろうよ!」


私は振り返って、祖母に提案した。


「お寿司?」


「うん! おばあちゃん、お寿司好きだったよね? 奮発しちゃおう!」


千代は、少し驚いたような顔をした。


そして、ゆっくりと微笑んだ。


「そうね。お寿司、食べたいわ」


私はスマホで出前を注文した。近所の評判のいい寿司屋。ちょっと高いけど、今日は特別な日だ。


三十分後、玄関のチャイムが鳴った。


「来た来た!」


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