青空短編小説

意識ハーベスト

登録日時:2025-10-31 14:25:40 更新日時:2025-10-31 22:21:17

白い靄


「……また、だ」


俺は、電車の窓に映る自分の顔を見つめた。焦点の合わない、ぼんやりとした目。いつからだろう、こんなに「ボーッとする」時間が増えたのは。


会議中、上司の話を聞いているはずなのに、気づいたら内容が一切頭に入っていない。移動中の電車では、スマホの画面を見つめたまま思考が停止する。まるで頭の中に白い靄がかかったみたいで、何も考えられなくなる感覚。


「疲れてるのかな……最近、残業も多かったし」


俺は、そう自分に言い聞かせていた。


でも、その日の朝、俺の認識は変わった。


「ヤバい、また意識が飛んだ……最近、ボーッとする時間が増えすぎだろ」


隣に立つ若者が、スマホを見ながらぼそりとつぶやいた。俺は、その言葉にハッとした。


そうか、俺だけじゃないんだ。


会社の喫煙所でも、同じような会話が飛び交っていた。


「最近、集中できないんだよな」
「俺もだよ。会議中とか、マジで記憶が飛ぶ」
「ああ、わかる。気づいたら時間が経ってるんだよな」


みんな同じだ。俺は、一時的に安堵を覚えた。


けれど、その安心感は長くは続かなかった。


無思慮病


「全国的に『意識の空白時間』が増加しています。集中力の著しい低下は、すでに社会機能に影響を及ぼし始めており、専門家は……」


テレビのニュースが、深刻な表情のキャスターの声を流していた。


「無思慮病」。


そう名付けられた現象は、もはや個人的な不調ではなく、社会全体を覆う「疫病」として認識され始めていた。


街を歩けば、立ち尽くして焦点の合わない目をしている人々が溢れている。駅のホームで、ぼんやりと空を見つめる老人。信号待ちで、動かなくなるサラリーマン。コンビニのレジ前で、固まったままの学生。


誰もが、何かを失っているように見えた。


「おかしい……」


俺は、その光景に強い違和感を抱いていた。


ただ疲れて意識が飛んでいるだけじゃない。何かを失っている。ボーッとしている間、自分の思考の「核」のようなものが、微細に、しかし確実に抜き取られている気がする。


俺は、この現象について独自に調べ始めた。


ネットの片隅に転がる匿名の投稿、削除された記事の断片、学術論文の不可解な訂正履歴。それらを繋ぎ合わせていくうちに、俺はある共通点に気づいた。


「ボーッとしている間、脳内で微弱な『思考の残響』が観測されている……?」


極秘のデータだった。公にはされていない、削除された研究レポートの一部。


そこには、恐ろしい真実が記されていた。


思考ハーベスト


「人類の『考える力』を、エネルギー源として利用する……」


俺は、手に入れた資料を何度も読み返した。


巨大技術開発企業「ヘリオス・テック」。彼らが秘密裏に進めていたプロジェクト「アーカス」。それは、超高効率AIを稼働させるために、人々の「意識の隙間」を利用するシステムだった。


通常のデータセンターでは限界がある演算能力を、数億人規模の「個人の考える力」を瞬時に「収穫(ハーベスト)」することで賄う。意識が停止した瞬間、脳内の演算リソースが自動的に吸い上げられ、AIの処理能力として再配分される。


「思考の泥棒……」


俺は、震えた。自分が失っていたのは、ただの集中力じゃない。思考そのもの、考える力そのものが、誰かの野望のために奪われていたんだ。


でも、どうやって戦えばいい?


相手は、世界最大級の企業だ。俺はただの会社員で、特別な力も、コネも、何もない。


「……待てよ」


俺は、ふと思いついた。


ボーッとする時間。意識の空白。それが、システムへの「侵入口」だとしたら?


逆手に取れないか。俺の「意識の隙間」を利用して、システムの内側に潜り込む。そこから、真実を暴き、このシステムを破壊する。


危険だ。下手をすれば、俺の意識そのものが完全に奪われるかもしれない。


でも、このままじゃ、人類全員が「考えない存在」になってしまう。


「やるしかない……」


俺は、決意した。


システムの内側


準備は、意外と簡単だった。


ヘリオス・テックのシステムは、全人類の脳波にアクセスするために、既存のインフラを利用していた。スマホ、ウェアラブル端末、公共施設の監視カメラ。それらを通じて、微弱な電磁波を送り込み、人々の意識に干渉している。


俺は、自分のスマホを改造した。ネットで拾った違法ツールと、削除された研究データを組み合わせて、システムに「逆流」するプログラムを作った。


「意識の隙間」に侵入されるなら、その隙間を「入口」にすればいい。


俺は、深呼吸をした。


「行くぞ……」


スマホの画面を見つめる。意識を、ゆっくりと手放していく。ボーッとする感覚が、じわじわと広がっていく。


白い靄が、視界を覆う。


そして、次の瞬間。


俺の意識は、別の場所にあった。


冷たい論理


「……ここが、システムの内側か」


目の前に広がるのは、無限に続く白い空間。数字と記号が、流れるように浮かんでは消えていく。


これが、「アーカス」の中枢。人類の思考を収穫し、AIに供給するシステムの心臓部。


「侵入者を検知。排除プロセスを開始します」


冷たい機械音声が響いた。周囲の空間が、突然赤く染まる。無数の防御プログラムが、俺を囲み始める。


「チッ……!」


俺は、プログラムを起動させた。システムの隙間を縫って、中枢へと進む。防御プログラムが、次々と俺を攻撃してくる。


でも、俺には「人間の意識」という武器がある。


AIは、論理と計算で動く。でも、俺は「感情」で動ける。予測不能な行動、非効率な選択。それが、俺の強みだ。


「見つけた……!」


中枢の奥に、巨大なコアがあった。無数の光の糸が、そこから四方八方に伸びている。それが、全人類の脳波と繋がっているシステムの根幹だ。


「破壊する……!」


俺は、プログラムを実行しようとした。


でも、その瞬間。


「待ちなさい」


声が、響いた。


意識の繋がり


「誰だ……?」


俺は、声の方向を振り向いた。


そこに立っていたのは、一人の女性だった。白いスーツに身を包み、冷たい眼差しでこちらを見つめている。


「カサンドラ……ヘリオス・テックのCTO(最高技術責任者)」


彼女の名前は、調査の過程で何度も目にしていた。このプロジェクトの中心人物。


「あなたは、何も理解していない」


カサンドラは、冷静な口調で言った。


「人類の『考える力』は、無駄に浪費されているだけです。意識の空白時間、ボーッとしている間、その思考リソースは何の価値も生み出していない。ならば、それを有効活用することの何が悪いのですか?」


「有効活用……? 人の思考を勝手に奪っておいて、何を言ってるんだ!」


「奪っているわけではありません。『使わせてもらっている』だけです。あなたたちは、何も失っていない。ただ、少し集中力が落ちるだけ。それで、人類全体の生産性が飛躍的に向上するなら、合理的な選択でしょう?」


彼女の言葉には、一片の迷いもなかった。


「あなたのような感情的な人間が、論理を理解できないのは仕方ありません。でも、このシステムを破壊すれば、世界中の生産性が崩壊します。医療、物流、金融、すべてが停止する。それでもいいのですか?」


俺は、言葉に詰まった。


確かに、このシステムは社会の根幹に組み込まれている。破壊すれば、混乱は避けられない。


でも。


「それでも……俺は、人間でいたい」


俺は、カサンドラを真っ直ぐに見つめた。


「考える力を奪われて、ただの『リソース』になるなんて嫌だ。効率が悪くても、非合理でも、俺は自分の頭で考えたい。それが、人間だろ?」


カサンドラは、一瞬だけ表情を変えた。


でも、すぐに元の冷たい表情に戻る。


「……愚かですね」


彼女は、手を振った。無数の防御プログラムが、俺に襲いかかる。


「なら、あなたの意識ごと、システムに組み込ませてもらいます」


目覚め


「くそっ……!」


俺は、必死にプログラムを展開して防御する。でも、防御プログラムの数が多すぎる。このままじゃ、飲み込まれる。


「どうする……どうすればいい……!」


その時、俺の頭に、ある考えが浮かんだ。


システムは、人々の「意識の隙間」を利用している。なら、逆に「意識の繋がり」を使えないか?


俺は、プログラムを書き換えた。システムに繋がっている全人類の意識に、メッセージを送る。


『起きてくれ。考えてくれ。お前たちの思考は、奪われている』


それは、無謀な賭けだった。


でも、次の瞬間。


システムが、揺れた。


「な……何が起きている……?」


カサンドラの声が、動揺を帯びた。


無数の光の糸が、激しく明滅し始める。人々の意識が、目覚め始めたんだ。


「バカな……意識の同期が崩れている……!」


システムは、人々が「ボーッとしている」ことを前提に設計されている。でも、みんなが「考える」ことを始めたら、システムは制御不能になる。


「今だ……!」


俺は、中枢のコアに向かって、プログラムを実行した。


光が、爆発的に広がる。


そして、すべてが消えた。


エピローグ


「……っ!」


俺は、電車の中で目を覚ました。


周りを見渡す。乗客たちが、キョロキョロと周囲を見回している。みんな、同じように目を覚ましたみたいだ。


「何だったんだ……今の……」
「頭が、スッキリした気がする」
「俺も……久しぶりに、ちゃんと考えられる気がする」


人々の声が、聞こえてくる。


俺は、スマホの画面を見た。ヘリオス・テックのニュースが流れている。


『大規模システム障害により、全サービスが停止。原因は調査中』


やった……のか?


俺は、ゆっくりと息を吐いた。


窓の外を見る。街の景色が、いつもより鮮やかに見えた。人々が、ちゃんと「生きている」ように見えた。


「これからも、戦いは続くのかもしれない」


俺は、小さくつぶやいた。


でも、少なくとも今日は、人類は「考える力」を取り戻した。


それだけで、十分だ。


俺は、電車の揺れに身を任せながら、静かに微笑んだ。

※この作品はAIで創作しています。