もうひとつの夜の始まり
あの日、カムパネルラが川へ消えてからというもの、ジョバンニの夜は、一層深い闇に沈むようになった。活版所のインクの匂いも、母の病床の微かな吐息も、彼には遠い星の瞬きのように感じられた。あの夜、銀河のきらめきの中を旅した夢は、現実の冷たい川の水面で、あまりにも残酷な形で途絶えたのだ。
消えゆく切符
胸ポケットに確かにあったはずの、あの不思議な切符の感触が、今はもうない。それは、カムパネルラとの旅の記憶と共に、現実の岸辺に置き去りにされた、まぼろしだったのだろうか。しかし、ジョバンニの心には、あの夜見た銀河の風景、そしてカムパネルラの静かな微笑みが、鮮明に焼き付いていた。それは夢であったのか、それとも魂の旅であったのか。その区別は、もはや意味をなさなかった。ただ、カムパネルラが、どこか遠い場所で、今もあの列車に乗って旅を続けているような気がしてならなかった。
星巡りの再会
ある晩、ジョバンニは再び丘の上の天気輪の柱のもとにいた。空には、あの夜と同じように、乳白色の銀河が、ぼうっとけむるように広がっている。ジョバンニは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。その時、微かな汽車の音が聞こえた。それは、遠くを走る本物の汽車とは違う、もっと澄んだ、心に直接響くような音だった。目を開けると、銀河の彼方から、ぼんやりと光る列車が近づいてくるのが見えた。そして、その窓の中に、確かにカムパネルラの姿があった。彼は静かに微笑み、ジョバンニに向かって手を振っていた。
ジョバンニは叫んだ。「カムパネルラ!」しかし、声は届かない。列車は音もなく通り過ぎ、再び銀河の奥へと消えていく。ジョバンニの頬には、温かい涙が伝っていた。それは悲しみではなく、あの夜の旅が、そしてカムパネルラが、確かに存在した証しだった。ジョバンニは知った。カムパネルラはもう彼のそばにはいないけれど、あの銀河のどこかで、彼の心の中で、永遠に旅を続けているのだと。そして、いつか彼もまた、その列車に乗ることができるだろうと。
原作小説
- 原作小説名
- 銀河鉄道の夜
- 原作作者
- 宮沢 賢治
- 青空文庫図書URL
- https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card46322.html