青空短編小説

ペルソナ・コンシェルジュ

登録日時:2025-09-10 07:20:23 更新日時:2025-09-10 07:21:11

第一章 他人の顔


「お疲れ様でした、田中さん。おかげで契約が取れました」


スマートフォンの画面越しに、クライアントの感謝の言葉が届く。僕——ハルキは、いつものように軽やかに応答した。


「いえいえ、お役に立てて何よりです。また何かございましたら、お気軽にご依頼ください」


通話を切ると、僕は深いため息をついた。今日は午前中に「プレゼンテーションスキル」のシェアで大手企業との商談に代理出席し、午後は「料理スキル」で新婚夫婦のディナーパーティーを演出した。どちらも大成功だった。


「スキル・シェア」のアプリを開くと、今日の評価が更新されている。プレゼンは星5つ、料理も星5つ。総合評価は4.98という驚異的な数字を維持していた。


『ハルキさんのおかげで、妻との関係が劇的に改善しました。ありがとうございます』


『プレゼンが苦手な私でも、ハルキさんの代理出席で昇進が決まりました。本当に感謝しています』


レビュー欄には感謝のコメントがずらりと並んでいる。僕は「ペルソナ・コンシェルジュ」として、この業界では有名人だった。他人の人生を代わりに生き、その瞬間瞬間で完璧な自分を演じる。それが僕の仕事だ。


しかし、洗面台の鏡を見つめると、そこに映る顔が誰なのかわからなくなる。


今朝は商談のために自信に満ちたビジネスマンの表情を作り、午後は愛情深い夫の優しい笑顔を浮かべた。一日の終わりに残るのは、疲れ切った曖昧な表情だけ。


「本当の僕って、どんな顔をしているんだろう」


鏡の中の自分に問いかけても、答えは返ってこない。


第二章 奇妙な依頼


翌朝、いつものようにスキル・シェアのアプリをチェックしていると、見慣れない依頼が目に飛び込んできた。


『依頼内容:ただ隣に座ってくれる人
時間:2時間
場所:市内のカフェ
報酬:通常の半額
特記事項:会話は必要ありません。ただ隣にいてください』


依頼者の名前は「R.Shiina」。プロフィールを見ると、20代後半の女性で、評価は4.9と高い。これまでに「撮影スキル」や「イベント企画スキル」を何度か利用している履歴があった。


僕は首をかしげた。スキル・シェアでこんな依頼は初めてだ。普通なら「会話スキル」や「聞き上手スキル」の依頼が来るものだが、ただ隣に座るだけとは。


好奇心に駆られて、僕は依頼を受諾した。


第三章 沈黙の意味


指定されたカフェは、駅から少し離れた閑静な場所にあった。平日の午後ということもあり、客はまばらだ。


「ハルキさんですか?」


振り返ると、そこには小柄で上品な女性が立っていた。肩までの髪を緩やかに巻いた、清楚で落ち着いた印象の人だった。


「はい。R.Shiinaさんですね。椎名リナです、よろしくお願いします」


彼女は軽く会釈をして、カウンター席の隣に座った。僕も隣の席に腰を下ろす。


「あの、具体的にはどのように…」


「本当に、ただ座っていてください。お疲れでしたら、居眠りしていただいても構いません」


リナの声は静かで、どこか疲れているような響きがあった。


僕たちは並んで座り、それぞれコーヒーを注文した。カフェには静かなジャズが流れている。僕は何度か話しかけようとしたが、彼女の「会話は必要ない」という言葉を思い出して口をつぐんだ。


不思議なことに、この沈黙は居心地が悪くなかった。


リナは時折コーヒーカップに口をつけ、窓の外を眺めている。僕も同じように外を見ていると、彼女が小さくため息をついた。


「すみません、変な依頼で」


「いえ、全然。でも、どうして…?」


「いつも誰かと話していないといけなくて。一人だと、なんだか不安になるんです。でも、気を遣って会話するのも疲れて」


リナの横顔は、どこか寂しげだった。


「僕も、実は一人の時間が怖いんです」


思わず本音がこぼれた。スキル・シェアを始めてから、一人でいる時間に自分が何者なのかわからなくなることが増えていた。


「そうなんですか」


リナは初めて僕の方を向いて、小さく微笑んだ。


第四章 仮面の下


それから僕とリナは、週に一度、同じカフェで会うようになった。最初は「ただ隣に座る」だけだったが、次第に短い会話を交わすようになっていく。


「ハルキさんって、いつも誰かになりきっているんですよね」


3回目の面会の時、リナが突然そう言った。


「まあ、それが仕事ですから」


「疲れませんか?」


僕は言葉に詰まった。疲れるかと聞かれれば、答えはイエスだ。でも、それを認めるのは怖かった。


「実は僕、リナさんが何の仕事をしているのか調べてしまいました」


リナの表情が一瞬強ばった。


「インフルエンサーなんですね。フォロワー数、すごいじゃないですか」


「…ばれちゃいましたね」


リナは苦笑いを浮かべた。


「椎名リナ、フォロワー50万人。いつも元気で前向きな投稿をして、みんなに愛されている」


彼女の声に、自嘲的な響きがあった。


「でも本当は、毎日が演技なんです。『今日も素敵な一日でした♪』『みんなのおかげで幸せです!』って投稿しながら、心の中は空っぽで」


僕は彼女の言葉を静かに聞いていた。


「ハルキさんと同じです。私も毎日、誰かのペルソナを演じている。でも、本当の私は誰にも知られていない」


第五章 素顔


ある日、リナから緊急の依頼が来た。


『体調を崩しました。でも今日はライブ配信があります。代わりに配信してもらえますか?』


僕は迷った。女性の振りをしてライブ配信をするなんて、今までで最も難しい依頼だ。でも、リナの困った声を思い出すと断れなかった。


リナの部屋を訪ねると、彼女は本当に顔色が悪く、熱でふらついていた。


「こんな状態では配信できません。ファンのみんなを悲しませちゃう」


「でも僕が女性の振りをするなんて…」


「大丈夫です。音声だけ私がやります。画面は私の過去の映像を使って、リアルタイムで合成できるアプリがあるんです」


最新のテクノロジーを使った、究極の「なりすまし」だった。


配信が始まると、リナは完璧にいつもの明るい声で話し始めた。僕はただ彼女の指示に従って、カメラの前で彼女の動きを真似る。


「みんな、今日も見に来てくれてありがとう!」


画面には元気なリナが映っているが、実際の彼女は僕の隣で咳き込んでいる。この矛盾に、僕は複雑な気持ちになった。


配信が終わると、リナは力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。


「ありがとうございました。これで、ファンのみんなに心配をかけずに済みます」


「でも、これって本当に良いことなんでしょうか?」


思わず質問すると、リナは天井を見つめながら答えた。


「わからない。でも、みんなが求めるのは『元気なリナ』なんです。病気で弱っている私なんて、誰も見たくないでしょう?」


「僕は、今のリナさんも素敵だと思いますけど」


リナは僕の方を向いて、涙ぐんだ目で微笑んだ。


「ハルキさんって、優しいですね。演技じゃなくて、本当に」


第六章 本当のつながり


それからの僕たちは、お互いの「素顔」を見せ合うようになった。


リナは完璧なインフルエンサーの仮面を脱いで、時には弱音を吐き、時には笑い、時には泣いた。僕も、完璧なペルソナ・コンシェルジュの看板を下ろして、迷いや不安を率直に話すようになった。


「私たちって、変ですよね」


ある日、リナがぽつりと言った。


「何万人もの人とつながっているのに、本当にわかり合えるのは、こうしてカフェで隣に座っているお互いだけ」


「でも、これが本物のつながりなんじゃないかな」


僕は自分の言葉に驚いた。いつの間にか、「ハルキ」として自然に話している自分がいた。


「スキルをシェアする関係じゃなくて、ただその人と一緒にいるだけで安心できる。そんな関係」


リナは嬉しそうに頷いた。


「ハルキさんの隣にいると、私、演技しなくていいんです。椎名リナでも、インフルエンサーでもなく、ただの私でいられる」


僕も同じ気持ちだった。彼女の隣では、僕は完璧なペルソナ・コンシェルジュではなく、ただのハルキでいられた。


エピローグ 新しい自分


僕はその後も、ペルソナ・コンシェルジュの仕事を続けている。でも、少しずつ変化している。


完璧に他人を演じるのではなく、その人の良さを引き出すサポートをするようになった。クライアントと対等な関係を築き、彼らが自分らしく生きられるよう手助けをする。


リナも、相変わらずインフルエンサーを続けているが、時々「完璧じゃない自分」も発信するようになった。体調不良の日や、落ち込んだ日のことも、正直に話すようになって、フォロワーからの反応はより温かくなった。


僕たちは今でも、週に一度カフェで会っている。でも今は「依頼」ではなく、ただの友人として。


スキルを貸し借りする時代に、僕たちが見つけたのは、何もシェアしない、ただ隣にいるだけの関係だった。


それが、僕たちにとって最も価値のあるつながりだったのだ。


鏡を見る時、そこに映る顔は相変わらずはっきりとは見えない。でも、それでいいのかもしれない。僕は毎日、新しい自分になっているのだから。


大切なのは、完璧な自分を演じることではなく、不完璧な自分を受け入れてくれる人がいるということだった。


そして、その人の隣で、ありのままの自分でいられるということだった。

※この作品はAIで創作しています。