青空短編小説

小説の夢に落ちる

登録日時:2025-09-05 07:15:34 更新日時:2025-09-05 07:16:23

第一章 本の向こう側


「今日もまた会えるかな……」


佐伯陽菜は、愛読書『暁の騎士団』を胸に抱きしめながら、小さく呟いた。大学の図書館から借りてきたこの本は、もう何度読み返したかわからない。ページの端が少し折れているのも、しおり代わりに挟んだレシートの跡も、今では愛おしく感じられる。


陽菜の心を捉えて離さないのは、物語に登場する騎士リアムだった。漆黒の髪に深い青の瞳、寡黙でありながらも仲間を思いやる優しさを持つ彼は、陽菜にとって理想の人だった。


「現実にこんな人がいるわけないよね」


苦笑いを浮かべながら、陽菜は本を枕元に置いた。いつからか、この本を側に置いて眠ると、不思議な夢を見るようになっていた。最初はただの偶然だと思っていたけれど、今では確信している。


『暁の騎士団』の世界へ行ける夢を。


布団に潜り込み、陽菜は静かに目を閉じた。


「お願い、今夜もあの世界に連れて行って……」


第二章 夢の中の冒険者


目を開けると、そこには見覚えのある石造りの街並みが広がっていた。中世風の建物が立ち並び、石畳の道を馬車がゆっくりと走っている。空気さえも、現実とは違う清涼感を持っていた。


「やっぱり……本当にここに来られるんだ」


陽菜は自分の格好を見下ろした。いつものパジャマではなく、この世界の住人らしい麻の服を着ている。鏡で確認したことはないけれど、髪の色も少し違うような気がする。


「今日は何が起こるかな」


陽菜は軽やかな足取りで街を歩き始めた。この夢の中では、彼女は物語の脇役として存在している。主人公たちの冒険を陰から見守る、名もなき街の住人として。


市場を通り過ぎると、向こうから見覚えのある一団がやってくるのが見えた。


暁の騎士団だ。


先頭を歩くのは、金髪の主人公アレン。その後ろに続くのは……


「リアム……」


陽菜の心臓が高鳴った。小説で何度も描写を読んできた彼が、今、目の前を歩いている。漆黒の髪が風に揺れ、深い青の瞳は真っ直ぐ前を見つめている。


リアムが陽菜のすぐ側を通り過ぎようとしたその時、彼は足を止めた。


「君は……」


彼の視線が陽菜を捉える。小説の中では、リアムがこんな風に一般人に話しかけることはなかった。


「え、あの……」


「いつもこの街で見かけるね。何か困ったことはないか?」


リアムの声は、想像していたよりも優しかった。小説では寡黙で感情をあまり表に出さないキャラクターだったのに、陽菜にだけは穏やかな表情を見せている。


「い、いえ、大丈夫です」


「そうか。気をつけて歩くんだよ」


リアムは小さく微笑んで、仲間たちの後を追っていった。陽菜はその場に立ち尽くし、胸の高鳴りが収まるのを待った。


「夢の中なのに、こんなに胸が苦しくなるなんて……」


第三章 日常に溶ける想い


目覚めた陽菜の頬には、涙が伝っていた。


「また会えた……」


大学への通学路を歩きながら、陽菜は昨夜の夢を思い返していた。リアムと交わした短い会話、彼の優しい微笑み、全てが鮮明に記憶に残っている。


「陽菜ちゃん、なんかいい感じだね。最近」


友人の美咲が隣から声をかけてきた。


「え? そうかな?」


「うん。なんていうか、毎日楽しそう。恋でもしてる?」


陽菜は慌てて首を振った。


「そんなことないよ」


「ふーん、怪しいなあ」


美咲は意味深な笑みを浮かべながら、講義室へと向かっていった。


恋……なのかもしれない。でも、相手は夢の中の人。現実には存在しない、小説の登場人物。こんな気持ちを誰かに話したら、きっと変に思われるだろう。


「でも、やめられない」


陽菜は本屋に立ち寄り、『暁の騎士団』の続巻がないか確認した。残念ながら新刊はなかったが、代わりに同じ作者の他の作品を手に取った。


もしかしたら、この作者の他の作品の夢も見られるかもしれない。


そんな淡い期待を抱きながら、陽菜はレジに向かった。


第四章 深まる絆


それから毎夜、陽菜は『暁の騎士団』の世界を訪れるようになった。最初は遠くから騎士団の活動を見守るだけだったが、次第にリアムとの距離が縮まっていく。


「また君か」


ある夜、陽菜が街の小さな教会で休んでいると、リアムが一人で現れた。


「リアム様……お一人なんですか?」


「たまには一人で考える時間も必要だからな」


リアムは陽菜の隣に腰を下ろした。教会の中は静寂に包まれており、色とりどりのステンドグラスから差し込む月明かりが幻想的な雰囲気を作り出している。


「君はなぜ、いつもここにいるんだ?」


「私は……この街が好きなんです。そして、騎士団の皆さんの活動を見ているのも」


「俺たちを?」


「はい。皆さんが人々を守るために頑張っている姿を見ていると、私も勇気をもらえるんです」


リアムは陽菜を見つめた。その瞳には、小説では描かれることのなかった温かさがあった。


「君は変わった人だな。普通の人なら、騎士なんて面倒な存在だと思うものだが」


「そんなことありません。リアム様は……とても素敵な方だと思います」


陽菜の頬が赤く染まる。夢の中とはいえ、面と向かってそんなことを言うなんて。


「俺が素敵……か」


リアムは苦笑いを浮かべた。


「俺は人を殺すことしかできない。剣を振るうことしか知らない。そんな男が素敵だというのか?」


「違います」


陽菜は首を振った。


「リアム様は人を守るために剣を振るっているんです。それはとても尊いことだと思います」


リアムは驚いたような表情を見せた後、ゆっくりと微笑んだ。


「君といると、自分が悪くないもののような気がしてくる」


「それは……」


「ありがとう」


陽菜の心臓が跳ね上がった。小説の中では決して見せることのなかった、リアムの優しい笑顔。これは夢だからこそ見られる特別な瞬間なのだろうか。


第五章 忍び寄る終わり


夢の中での時間が進むにつれて、陽菜は一つの事実に直面せざるを得なくなった。


物語が終わりに近づいている。


『暁の騎士団』の最終章で、リアムは魔王との決戦で命を落とす。それが、陽菜が愛読してきた物語の結末だった。


「やめて……」


陽菜は本を閉じて、ベッドに倒れ込んだ。今夜、夢の中で再びリアムに会えるだろう。でも、それがいつまで続くのかわからない。物語が終われば、夢も終わってしまうのではないだろうか。


それでも、彼に会いたい気持ちを抑えることはできなかった。


夢の中で目を覚ますと、街は戦闘の準備に包まれていた。騎士団は最後の戦いに向かおうとしている。


「リアム様」


陽菜は彼を呼び止めた。リアムは振り返ると、いつものような優しい微笑みを見せた。


「君も来たのか」


「はい……でも、今日は違います」


陽菜の声は震えていた。


「何が違うんだ?」


「お別れを言いに来たんです」


リアムの表情が変わった。


「お別れ? どういう意味だ?」


「私は……あなたが死んでしまうことを知っています」


リアムは息を呑んだ。


「何を言って……」


「お願いです。今回だけは、戦わないでください」


陽菜の目に涙が浮かんだ。


「君は一体何者なんだ?」


リアムの問いかけに、陽菜は答えることができなかった。自分が別の世界の住人で、この世界は自分にとって小説の中の出来事だと、どうやって説明すればいいのだろう。


「私は……あなたを愛しています」


その言葉だけが、陽菜の口から出てきた。


「だから、死なないでください」


第六章 夢の中の奇跡


リアムは陽菜を見つめていたが、やがて彼女の手を取った。


「君の正体が何であろうと、その気持ちは受け取った」


「リアム様……」


「でも、俺には守らなければならないものがある。この国の人々、仲間たち……そして君も含めてな」


「そんな……」


「大丈夫だ。俺は死なない」


リアムの瞳に強い意志が宿っている。


「君が教えてくれた。俺は人を守るために剣を振るっているのだと。その意志がある限り、俺は負けない」


「本当ですか?」


「約束する」


リアムは陽菜の頭に優しく手を置いた。


「戦いが終わったら、また君に会いに来る。その時まで、待っていてくれるか?」


陽菜は涙ながらに頷いた。


「はい、待っています」


終章 夢と現実の向こう側


翌朝、陽菜は不思議な感覚で目を覚ました。昨夜の夢は、いつもとは違っていた。リアムとの会話、彼の約束……全てがあまりにも鮮明で、まるで本当に起こったことのようだった。


慌てて『暁の騎士団』のページを開くと、陽菜は息を呑んだ。


最終章の内容が変わっている。


リアムは死なない。魔王との戦いで重傷を負うものの、最後には生き残り、平和な日々を過ごすという結末に変わっていた。


「そんな、ありえない……」


陽菜は何度もページを確認したが、確かに内容は変わっている。しかも、物語の最後には新しい一文が追加されていた。


『そして騎士リアムは、毎夜夢に現れる謎の少女のことを想い続けている』


陽菜の心臓が高鳴った。これは偶然なのだろうか。それとも……


その夜、陽菜はいつものように本を枕元に置いて眠りについた。


夢の中で目を覚ますと、戦いが終わった後の平和な街並みが広がっていた。そして、約束通りリアムが彼女を待っていた。


「約束を守ったよ」


リアムは微笑んで手を差し出した。


「君が俺に教えてくれたことがあるだろう? 俺は人を守るために剣を振るっているのだと。その想いが、俺を勝利に導いてくれた」


「リアム様……」


「そして、君を愛する気持ちも俺を強くしてくれた」


陽菜は驚いて顔を上げた。


「私を……愛する?」


「毎夜君に会えることが、俺の生きる支えになっていた。君がいなければ、きっと俺は絶望に負けていただろう」


リアムは陽菜を優しく抱きしめた。


「これからも、毎晩ここで会おう。君が望む限り、俺はここにいる」


陽菜の頬を涙が伝った。それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。


「はい……ずっと、ずっと一緒にいましょう」


夢と現実の境界が曖昧になったその時、陽菜は気づいた。愛する気持ちに、夢も現実も関係ないのだと。リアムへの想いが物語を変え、彼女自身をも変えていく。


これからも陽菜は、毎夜『暁の騎士団』の世界を訪れるだろう。愛する人との時間を大切にしながら、現実の世界でも前向きに生きていこう。


夢の中の愛が、現実の彼女に勇気をくれるから。


そして、物語の最後のページには、新しい章の始まりを告げる言葉が刻まれていた。


『愛は夢と現実を繋ぐ架け橋である』

※この作品はAIで創作しています。