人類選別計画(ザ・シフティング)
第一章 消えた妻
「パパ、ママはいつ帰ってくるの?」
ハルの小さな手が僕の袖を引っ張る。六歳の娘の無邪気な瞳に映る不安を見つめながら、僕はどう答えればいいのかわからなかった。
「もう少し待っててくれるかな。ママは大切なお仕事があるんだ」
嘘だった。ユイは仕事なんかに行ったわけじゃない。あの忌まわしい門の向こうに消えてしまったのだ。
僕の名前はケンタ。平凡なサラリーマンで、平凡な家庭を築いていた。少なくとも、三日前まではそうだった。
三日前、世界は変わった。
国連総会での生中継が始まると、画面に映ったのは人間じゃなかった。透明感のある白い肌、縦に長い瞳孔、そして感情の読めない表情。彼らは自分たちを「管理者」と名乗り、淡々と告げた。
「地球の資源は限界に達している。持続可能な未来のため、人類の人口を五億人に削減する。この計画を『ザ・シフティング』と呼ぶ。選ばれた者は指定された門をくぐり、新たな段階へ移行せよ」
最初はSF映画の宣伝だと思った。いや、思いたかった。でも、世界各地に現れた巨大な門は現実だった。黒曜石のように滑らかな表面に青白い光が脈動する、高さ十メートルはある構造物。
そして昨日、ユイの元に「選定通知」が届いた。
「ケンタ、私、行かなくちゃいけないの」
リビングで通知書を見つめるユイの手は震えていた。でも、その瞳には諦めとは違う何かがあった。決意のような、使命感のような光が宿っていた。
「冗談じゃない!誰が決めたって言うんだ、そんなこと!」
僕は彼女の手を握りしめた。
「お願いだから、行かないで。僕たちには選択肢があるはずだ」
でも、管理者のドローンが玄関先に現れた時、僕たちに選択肢なんてないことがはっきりした。銀色の球体から発せられる光に包まれると、体が金縛りにあったように動かなくなった。
「ケンタ、これを」
ユイは最後に小さな紙片を僕の手に押し込んだ。
「私を信じて。きっと、また会えるから」
それが最後の言葉だった。
今、僕の手の中にあるのは、ユイが残したメッセージだ。暗号のような文字列と、見慣れない記号が書かれている。
『K-7743. 対抗組織コード. 選別の真実は門の向こうにある. 五億の意味を探せ. 愛は最後の希望. - Y』
対抗組織?ユイが何かの組織に関わっていたなんて、聞いたことがない。でも、この几帳面な彼女が暗号なんて書くはずがないのに、これは確実に彼女の字だった。
「パパ、どうしたの?泣いてるの?」
ハルが心配そうに僕の顔を見上げる。
「大丈夫だよ。パパは大丈夫」
でも、大丈夫じゃない。僕は家族を失った。そして今、この謎めいたメッセージが、ユイが単純な「被選別者」じゃなかったことを告げている。
夜が更けて、ハルを寝かしつけた後、僕はユイのメッセージを何度も読み返した。K-7743という数字が何を意味するのか、対抗組織とは何なのか、全くわからない。
でも一つだけはっきりしていることがある。ユイは何かを知っていた。そして、その何かを僕に託そうとしている。
翌朝、僕は決意した。ユイを追いかける。真実を探す。そして、家族を取り戻す。
近所のカフェで、僕は新聞を広げた。ザ・シフティングが始まって四日目。選ばれた人々は世界中で既に数万人に上る。そして奇妙なことに、選ばれた人々には共通点が見つからない。年齢、性別、職業、人種、すべてがバラバラだった。
「何を基準に選んでいるんだ?」
僕が呟いた時、隣のテーブルの男性が振り返った。
「あなたも家族を失った?」
三十代後半くらいの、疲れ切った表情の男性だった。
「妻が選ばれました」
「僕は息子を」男性は自己紹介した。「リョウです。実は、同じような境遇の人たちで集まって、情報交換をしているんです。良かったら参加しませんか?」
リョウ。ユイのメッセージに何かヒントがあるかもしれない。僕は彼についていくことにした。
第二章 対抗組織の影
リョウに案内されたのは、廃墟と化したオフィスビルの地下だった。薄暗い蛍光灯の下に、十数人の人々が集まっている。みんな僕と同じような表情をしていた。失ったものの大きさに圧し潰されそうになりながらも、何かを探し求める意志を秘めた瞳。
「皆さん、新しい仲間のケンタさんです」
リョウの紹介で、僕は小さく会釈した。
「奥さんが選ばれたそうです。四日前に」
「私も娘を」「僕は兄を」「恋人が」
次々に声が上がる。この場にいる全員が、大切な人を失っていた。
「ケンタさん、何か手がかりはありませんか?」
中年女性のマキさんが尋ねた。彼女は一人娘のミユを失ったという。
僕は迷った末、ユイのメッセージを見せることにした。
「妻がこれを残していって」
紙片を取り出すと、リョウの表情が変わった。
「これ、見たことがある」
「え?」
「対抗組織コード。僕も似たようなメッセージを受け取ったんです。息子を追いかけ始めてから」
リョウは自分のスマートフォンを取り出し、受信したメッセージを見せた。
『選別の真実を知りたければ、19時に第三セクター地下駐車場へ。一人で来い。- 対抗組織』
「まさか、ユイがその組織に?」
「可能性は高いです。実は、僕たちが調べた限り、選ばれた人の中に何人かは事前にこの組織とコンタクトを取っていたようなんです」
マキさんが補足した。
「つまり、自ら選ばれることを選んだ人がいるということね」
「でも、なぜ?」
僕の疑問に、リョウは重々しく答えた。
「恐らく、スパイとして。門の向こうで何が起こっているのかを調べるために」
その夜、僕はリョウと共に第三セクター地下駐車場に向かった。薄暗い駐車場の奥で、フードを被った人影が待っていた。
「リョウか」
声は若い女性のものだった。フードを取ると、二十代半ばくらいの、鋭い瞳をした女性が現れた。
「サヤです。対抗組織の一員」
彼女は僕を見つめた。
「あなたがユイの夫?彼女から聞いています」
「ユイを知っているんですか!」
「ええ。優秀な工作員でした」
工作員。その言葉が胸に刺さった。僕が知っている優しい妻、ハルを愛おしそうに見つめる母親だったユイが、工作員だったなんて。
「ユイは三ヶ月前から私たちと協力していました。シフティングの真の目的を探るために」
「真の目的?人口削減じゃないんですか?」
サヤは首を横に振った。
「表向きはそうです。でも、選別の基準を分析した結果、興味深いことがわかりました」
彼女は小さな端末を取り出し、データを表示した。
「選ばれた人々の遺伝子データを調べたところ、ある共通点が見つかったんです。全員が、特定の遺伝子配列を持っている」
「それは何の遺伝子ですか?」
「まだ詳細は不明です。でも、その遺伝子を持つ人は、平均的な人間よりも高い知能と、特殊な直感力を持っている傾向があります」
リョウが息を飲んだ。
「つまり、人口削減が目的じゃない?」
「私たちの仮説では、これは進化促進計画です。管理者たちは、人類を次の段階に進化させようとしている。そのための『種』として、特定の遺伝子を持つ人間を選別しているんです」
僕の頭が混乱した。
「でも、なぜ五億人なのか」
「それが最大の謎です。なぜその数字なのか。そして、選ばれなかった人類はどうなるのか」
サヤは端末を仕舞った。
「ユイは、その答えを探るために門の向こうに入りました。でも、三日経っても連絡がありません」
僕は握り拳を作った。
「僕も行きます。ユイを探しに」
「無理です。選ばれていない人間は門をくぐれません」
「じゃあ、どうすれば」
サヤとリョウが視線を交わした。
「一つだけ方法があります」リョウが口を開いた。「管理者のシステムをハッキングして、あなたを選ばれた人として登録するんです」
「そんなことできるんですか?」
「理論的には。でも、非常に危険です。発覚すれば、あなただけでなく、残された娘さんも」
ハル。愛する娘のことを考えると、心が痛んだ。でも、ユイを見つけなければ、僕たちの家族は永遠に引き裂かれたままだ。
「やります」
僕は迷わず答えた。
「ユイを連れて帰ります。そして、この狂った計画を止めます」
その時、地下駐車場に不気味な光が差し込んだ。管理者のドローンが、僕たちを発見したのだ。
「逃げろ!」
サヤの声と共に、僕たちは駐車場を駆け出した。背後で光線が地面を焼く音が響く。
逃げながら、僕は心に誓った。必ずユイを見つける。そして、人類の真実を暴いてみせる。
たとえそれがどんなに危険な道のりであっても。
第三章 門の向こうへ
サヤのアジトは、都心から離れた古い工場だった。コンクリートの壁に囲まれた薄暗い空間に、高度なコンピューター機器が所狭しと並んでいる。
「ハッキングには時間がかかります」
サヤは複数のモニターに向かいながら説明した。
「管理者のシステムは、僕たちが今まで見たことのないテクノロジーです。でも、ユイが残した情報のおかげで、侵入口を見つけました」
僕はリョウと共に、彼女の作業を見守った。画面に流れるコードは、まるで生き物のように変化し続けている。
「ケンタ、本当にこれでいいのか?」
リョウが心配そうに尋ねた。
「ハルちゃんのことを考えると」
「もちろん心配です。でも、ユイを見つけなければ、ハルは母親を失ったまま。僕一人で彼女を育てられるかわからない」
それは本音だった。ユイがいない生活なんて、想像もできない。
「それに」僕は続けた。「もしサヤの仮説が正しければ、僕たちの知らないところで人類の運命が決められている。それを阻止できるのは、真実を知った人間だけです」
その時、アラーム音が鳴り響いた。
「成功です!」
サヤが振り返った。
「あなたの選定登録を完了しました。でも、時間はありません。システムが矛盾を検出する前に、門をくぐる必要があります」
僕は立ち上がった。
「最寄りの門はどこですか?」
「新宿の門まで車で三十分。でも、ケンタ」
サヤの表情が真剣になった。
「門の向こうがどうなっているかわかりません。もしかしたら、二度と帰って来れないかも」
「それでも行きます」
僕は迷わず答えた。
車で新宿に向かう途中、リョウが運転席から話しかけた。
「実は、息子が選ばれた時のことを話していませんでした」
「何かあったんですか?」
「息子のタクミは、選ばれる前から変だったんです。まるで、それを予期していたような」
僕は振り返った。
「どういう意味ですか?」
「最後の夜、タクミは言ったんです。『お父さん、僕は特別な使命があるから行くんだ』って」
「使命?」
「そして、これを渡されました」
リョウは小さな石のようなものを見せた。半透明で、内部に青い光が脈動している。
「これは何ですか?」
「わかりません。でも、ユイさんも同じものを持っていました」
僕は息を飲んだ。ユイが?
新宿の門が見えてきた時、その巨大さに改めて圧倒された。高さ十メートル、幅も同じくらいの黒い構造物。表面に青白い光の筋が走り、まるで生きているかのような印象を与える。
門の周辺には、管理者のドローンが浮遊していた。そして、列を作って順番を待つ人々。みんな諦めたような、でもどこか安堵したような表情をしている。
「ケンタ」
リョウが僕の肩に手を置いた。
「気をつけろ。そして、必ずユイさんを見つけるんだ」
「ありがとう。ハルのことをお願いします」
僕は車を降り、列の最後尾に並んだ。前の人たちの会話が聞こえてくる。
「向こうはどんなところかしら」
「きっと楽園よ。管理者様がそう言ってた」
楽園。本当にそうなのだろうか。それとも、別の何かが待っているのか。
順番が回ってきた。管理者のドローンが僕をスキャンする。青い光が全身を包み、数秒後にピープ音が鳴った。
「承認。進行せよ」
機械的な声と共に、門が光った。その瞬間、僕の体が軽くなったような感覚があった。まるで重力から解放されたように。
一歩、門に向かって踏み出す。もう一歩。
そして、光の中に消えた。
意識を失う直前、僕は不思議な感覚に包まれた。まるで、自分が何か大きなものの一部になったような。そして、遠くからユイの声が聞こえたような気がした。
『ケンタ、ついに来てくれたのね』
第四章 新たな世界の真実
目を開けると、そこは僕が知っている世界ではなかった。
空は淡いピンク色で、二つの太陽が輝いている。足元は水晶のように透明な地面。そして、遠くには巨大な都市が見える。建物は全て浮遊していて、虹色の光の筋で繋がっていた。
「ケンタ?」
振り返ると、信じられない光景があった。ユイが立っていたのだ。でも、彼女の姿は少し違っていた。肌が微かに光り、瞳が以前よりも深い青色になっている。
「ユイ!」
僕は駆け寄って彼女を抱きしめた。温かい。確かにユイだった。
「どうして?どうしてここに?」
「君を探しに来たんだ。サヤから聞いた。君が対抗組織で、スパイとして」
ユイは悲しそうな笑みを浮かべた。
「隠していてごめんなさい。でも、ケンタに危険が及ぶのが怖くて」
「ここは一体どこなんだ?管理者たちの言う新しい世界?」
ユイは僕の手を取り、浮遊都市を指差した。
「ここは地球の未来の姿よ。管理者たちが作り上げた、進化した人類のための世界」
「進化した人類?」
「選ばれた人間は、ここで遺伝子改造を受けるの。知能と身体能力が飛躍的に向上し、長寿命になる。そして、この新しい地球で文明を築くことになる」
僕は混乱した。
「じゃあ、人口削減じゃない?」
「違うわ。選ばれなかった人々は、元の地球に残される。そして、徐々に自然淘汰されていく」
その言葉に、僕は愕然とした。
「それって、結局は人口削減と同じじゃないか」
ユイは頷いた。
「そうよ。でも、管理者たちは『進化』だと言っている。人類を二つに分けて、優秀な遺伝子を持つ者だけを生き残らせる計画なの」
僕たちは歩きながら、浮遊都市に向かった。道中で、他の選ばれた人々とすれ違う。みんな、ユイと同じように肌が光り、瞳の色が変わっている。
「僕も改造を受けるのか?」
「強制ではないの。でも、この世界で生きるには、改造が必要よ。元の身体では、この環境に適応できない」
浮遊都市の入口で、僕たちは管理者と対面した。間近で見ると、彼らは思ったより小柄だった。でも、その存在感は圧倒的で、まるで別次元の生物のようだった。
「新たな到着者ケンタ」
管理者は僕を見つめた。
「君の遺伝子は興味深い。特殊な潜在能力を秘めている」
「潜在能力?」
「愛の力だ。君は愛する者のために、どんな犠牲も厭わない。その感情の強さが、進化の新たな要素となる」
僕は理解できなかった。
「愛が進化の要素?」
管理者は微かに笑った。
「我々の文明は、合理性と効率性を追求した結果、感情を失った。だが、それでは真の進歩は望めないことがわかった。人類の感情、特に愛は、我々にとって必要な要素なのだ」
「つまり、僕たちは実験動物ということですか?」
「実験ではない。共生だ。人類は進化し、我々は感情を学ぶ。互いに利益をもたらす関係だ」
その時、ユイが僕の手を強く握った。
「ケンタ、私が本当にここに来た理由を話すわ」
僕は彼女を見つめた。
「実は、この計画には致命的な欠陥があるの。改造を受けた人間は、確かに能力は向上するけれど、徐々に感情を失っていく。最終的には、管理者と同じような存在になってしまう」
「え?」
「私も、ここに来てから変化を感じている。ハルへの愛情が薄れていく感覚があるの」
僕は震えた。ユイがユイでなくなってしまう?
「だから、私たちは元の世界に帰らなければならない。そして、この計画を止めなければならない」
管理者が僕たちの会話を聞いていた。
「興味深い。愛ゆえに、進化を拒もうとするのか」
「これは進化じゃない」僕は管理者に向かって言った。「人間性を失うことは、退化だ」
管理者は少し考え込んだ。
「では、提案がある。君たちが我々の世界で一年間過ごし、それでも元の世界に帰りたいと思うなら、自由にするとしよう」
「本当ですか?」
「ただし、条件がある。その一年間で、君たちは他の選ばれた人々を説得し、彼らの意志も確認しなければならない。全員が帰ることを望むなら、計画を中止する」
僕はユイと視線を交わした。チャンスだった。
「わかりました。やってみます」
こうして、僕たちは新しい世界での一年間を過ごすことになった。人類の未来をかけた、最後の戦いの始まりだった。
終章 愛が切り開く未来
一年間の日々は、まさに試練の連続だった。
新しい世界は確かに素晴らしかった。病気は存在せず、食料は無限で、人々は皆、高い知性と美しい外見を持っていた。でも、僕とユイが選ばれた人々と話すうちに、管理者が隠していた真実が見えてきた。
改造を受けた人々は、徐々に故郷の記憶を失い、元の世界への愛着も薄れていく。そして最終的には、管理者と同じような、感情を持たない存在になってしまうのだ。
「僕たちは、人間でなくなってしまうんですね」
改造を受けたばかりのタナカさんが、まだ残る人間らしい感情で呟いた。
「でも、もう元には戻れません」
そんな彼らを見ていると、胸が痛んだ。みんな、元の世界に大切な人を残してきたのに、その記憶さえ曖昧になっている。
でも、希望もあった。愛の記憶は、改造を受けても完全には消えないのだ。僕とユイが語りかけることで、少しずつだが、人々の心に眠っている感情が蘇ってきた。
「妻のことを思い出しました」
「息子の笑顔が」
「故郷の桜並木を」
一人、また一人と、選ばれた人々が人間らしさを取り戻していった。
そして、一年の期限が来た時、驚くべき結果が待っていた。
選ばれた人々の九割が、元の世界に帰ることを選んだのだ。
「信じられない結果だ」
管理者は困惑していた。
「我々の文明は、感情を捨てることで発展した。だが、人類は感情を手放すことを拒むのか」
僕は管理者に向かって言った。
「感情こそが、僕たちを人間たらしめているものです。愛があるからこそ、僕たちは成長し、進歩できる。合理性だけでは、真の進化は望めません」
管理者は長い沈黙の後、頷いた。
「理解した。我々は間違っていたようだ」
「計画を中止してくれるんですか?」
「中止ではない。修正だ」
管理者は新たな提案をした。
「我々と人類が対等な立場で協力する。技術を提供する代わりに、感情の意味を教えてもらう。そして、両方の世界を行き来できるようにしよう」
それから三ヶ月後、僕たちは元の世界に帰ってきた。でも、世界は以前とは少し違っていた。
空には小さな門が浮かんでいて、人々は自由に行き来できるようになった。管理者の技術により、環境問題は解決され、人類はより豊かな生活を送れるようになった。
そして、僕たちの家庭も元通りになった。
「パパ、ママ、おかえり!」
ハルが僕たちに飛び込んできた時、僕は心の底から思った。愛こそが、すべてを乗り越える力なのだと。
「ケンタ」
ユイが僕の手を握った。
「私たちがやったことは正しかったのかしら」
「わからない。でも、愛する人と一緒にいられる世界を選んだんだ。それだけで十分じゃないか」
夕日が差し込むリビングで、僕たちは家族として再び一つになった。
ザ・シフティングは終わった。人類は新たな段階に入ったが、それは管理者が想定していたものとは全く違う進化だった。
愛を失わない進化。感情を大切にする文明。
それが、僕たちが選んだ未来だった。
そして今も、空の門を通って、たくさんの人々が二つの世界を行き来している。管理者たちは人間の感情を学び、人間たちは新しい技術を学んでいる。
真の共生が、ここから始まったのだ。
愛が切り開いた、新しい未来と共に。