新世界秩序:失われたエネルギーの記憶
第一章 星の導き
「また今日も石運びか……」
リアムは重い石材を肩に担ぎながら、汗を拭った。イグニス帝国の建設現場で働くのは、アストラの末裔である彼らの日常だった。
「リアム、手を動かせ。休憩は許可していない」
監督官の鋭い声が響く。リアムは黙って頷き、作業を続けた。
「おじいちゃんが生きていたら、こんな生活をどう思っただろう……」
夕暮れ時、疲れ果てたリアムは小さな住居に戻った。一人暮らしの彼の家は、質素で狭く、イグニス人の住居とは雲泥の差があった。
晩飯を済ませた後、リアムは祖父の部屋を整理していた。祖父エルウィンは一週間前に亡くなり、遺品の整理がまだ終わっていなかった。
「これは……?」
古い本棚の奥から、見慣れない革製の書物が出てきた。表紙には星座のような模様が描かれ、「星の導き」という文字が刻まれている。
「星の導き……聞いたことがない本だな」
ページをめくると、美しい挿絵と共に、見たこともない文字が並んでいた。だが不思議なことに、リアムにはその文字の意味が理解できた。
『宇宙エネルギーの取り込み方 第一段階』
「宇宙エネルギー……?」
リアムの心臓が高鳴った。それは神話でしか聞いたことのない、伝説の力だった。
『まず、心を静め、夜空を見上げよ。星々の光に意識を向け、その輝きを体内に取り込むイメージを持て』
半信半疑のまま、リアムは外に出た。今夜は星がよく見える。
「まさか本当に……でも、やってみよう」
深く息を吸い、星空を見上げる。最初は何も感じなかった。しかし、数分後……
「あ……!」
微かに、とても微かに、体の中に温かいエネルギーが流れ込んできたような気がした。
「これが宇宙エネルギー……?」
興奮したリアムは急いで家に戻り、書物を読み進めた。そこには衝撃的な事実が記されていた。
『アストラ国の歴史』
『我らがアストラは、宇宙エネルギーを操る技術によって、地上最高の文明を築いていた。しかし、イグニス帝国の侵攻により、この技術は失われた』
「アストラ国……僕たちの祖先の国?」
リアムが知る歴史では、この地域は元々未開の地で、イグニス帝国が文明をもたらしたことになっていた。
『イグニスは我らの歴史を抹消し、技術を独占しようとした。だが、彼らには宇宙エネルギーを制御する素質がなかった。そのため、技術は失われ、民は奴隷とされた』
「嘘だ……」
リアムの手が震えた。自分たちが教わってきた歴史が、すべて偽りだったというのか。
書物の最後のページには、祖父の手書きのメッセージがあった。
『リアムへ もしこの本を見つけたなら、時が来たということだ。我らアストラの血を引く者として、失われた真実を取り戻せ。宇宙エネルギーの力は、君の中に眠っている ―祖父エルウィンより―』
「おじいちゃん……」
涙が頬を伝う。祖父は真実を知っていたのだ。
翌朝、リアムは工事現場で同僚のマヤに声をかけた。マヤも彼と同じアストラの末裔だった。
「マヤ、昨日変なものを見つけたんだ」
「変なもの?」
リアムは周囲を確認してから、小声で書物のことを話した。
「宇宙エネルギー?そんなのただの神話でしょ」
「でも実際に感じたんだ。微かだけど、確かに」
マヤは半信半疑だったが、リアムの真剣な表情を見て考え込んだ。
「もし本当だとしたら……」
「僕たちの歴史、文化、すべてが嘘だったってことになる」
その夜、マヤもリアムと一緒に星空の下で修練を試みた。最初は何も感じなかったが、30分ほど経った時……
「あ……これ、何かが流れ込んでくる」
「やっぱりだ!僕たちにも宇宙エネルギーを操る素質がある」
二人は興奮を抑えきれなかった。しかし、その興奮は長くは続かなかった。
翌日の昼休み、監督官のガルスが血相を変えてやってきた。
「お前たち、昨夜何をしていた?」
リアムとマヤは慌てた。まさか見られていたのか。
「何もしていません」
「嘘をつくな!エネルギー検出器に反応があった。古い技術を使おうとしただろう」
リアムの心臓が止まりそうになった。イグニスには、宇宙エネルギーの使用を検出する装置があったのだ。
「そんなことは……」
「黙れ!お前たちのような下等な血筋が、神聖なる技術に触れることは許されない!」
ガルスは部下に合図を送った。武装した兵士たちがリアムとマヤを取り囲む。
「逃げろ、マヤ!」
リアムは咄嗟にマヤの手を引いて走り出した。工事現場の資材の間を縫うように逃げる二人。
「待て!逃がすな!」
兵士たちの追跡が始まった。
「こっちよ!」
マヤが裏路地に向かって駆け出す。二人は息を切らしながら、住宅街の迷路のような道を駆け抜けた。
「はぁ、はぁ……どこか隠れる場所を」
「あそこ、廃屋がある」
二人は古い建物に身を隠した。外では兵士たちの足音と怒声が響いている。
「見つからなかったようね……でも、もうここにはいられない」
「そうだね。でも、どこに行く?」
リアムは書物を抱きしめた。この中には、まだ読んでいない重要な情報があるはずだ。
「書物にヒントがあるかもしれない。仲間を探そう。僕たちと同じように、真実を求めている人が他にもいるはず」
「でも危険よ。イグニスは本気で僕たちを追っている」
「それでも、このままじゃ何も変わらない。おじいちゃんが残してくれたこの本は、僕たちに真実を告げている。アストラの民としての誇りを取り戻すんだ」
マヤはリアムの決意を感じ取った。
「わかった。一緒に行く。でも約束して。絶対に無理はしない」
「約束する」
夜が深くなった頃、二人は街の外へ向かった。星空の下、彼らの新たな旅が始まろうとしていた。
「マヤ、見て」
リアムが指差した先には、遠くの山に小さな光が点滅していた。
「あれは……」
「きっと合図よ。同じような人たちからの」
二人は希望を胸に、その光に向かって歩き続けた。失われた文明の記憶を取り戻すため、そして新しい世界を築くために。
星々が彼らの道を照らしていた。アストラの血を引く者たちの、長い戦いの始まりだった。
第二章 隠されし者たちの集い
山道を歩くこと三時間、リアムとマヤは息を切らしていた。
「あの光、本当にここにあるのかしら?」
マヤが不安そうに呟く。周囲は深い森に囲まれ、街の明かりはもう見えない。
「信じよう。他に頼れるものはないんだから」
リアムは書物を背負い直した。重いが、これが唯一の希望の光だ。
しばらく歩くと、前方に小さな木造の建物が見えてきた。窓から温かい光が漏れている。
「あそこね」
「でも、もし罠だったら……」
二人が躊躇していると、建物の扉が開いた。
「そこにいるのは、アストラの血を引く者たちか?」
低い男性の声が響く。影から現れたのは、50歳ほどの逞しい男性だった。
「あ、あの……」
「怖がることはない。私の名前はカイル。君たちと同じ、アストラの末裔だ」
カイルは優しい笑顔を浮かべた。
「僕はリアム、こちらはマヤです。あの光は……」
「ああ、君たちを導くための合図だった。さあ、中に入りなさい。他にも仲間がいる」
建物の中は外見よりも広く、10人ほどの人々が集まっていた。年齢も性別も様々だが、皆どこか似た雰囲気を持っている。
「皆、新しい仲間だ」
カイルの紹介で、人々がリアムたちに近づいてきた。
「私はエリン。医術を学んでいるの」
綺麗な女性が手を差し出した。彼女の手からは、微かに暖かいエネルギーを感じる。
「僕はジン!機械いじりが得意なんだ」
元気な青年が飛び跳ねるように現れた。
「静かにしなさい、ジン。ここは安全だが、油断は禁物よ」
厳しい表情の中年女性が注意した。
「こちらはテレサ。私たちのリーダー的存在だ」
カイルがテレサを紹介する。彼女の眼差しは鋭く、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。
「リアム、マヤ。君たちはどうやって宇宙エネルギーについて知った?」
テレサの質問に、リアムは祖父の書物のことを説明した。
「『星の導き』……まさか、エルウィン老人の孫か!」
「おじいちゃんを知ってるんですか?」
「ああ、彼は我らの貴重な情報源だった。多くの古い知識を保管していたのだ」
テレサの表情が和らいだ。
「エルウィンさんから聞いていたわ。孫が一人いるって。まさかこんなに早く会えるとは」
エリンも嬉しそうに微笑む。
「おじいちゃん、皆さんと繋がっていたんですね……」
リアムは祖父への想いを新たにした。
「そうだ、リアム。その本を見せてもらえるか?」
カイルが興味深そうに近づいてくる。
リアムが書物を取り出すと、集まった人々の目が輝いた。
「やはり本物ね。この文字、この挿絵……アストラ古代文字で書かれている」
テレサが慎重にページをめくる。
「君たち、実際に宇宙エネルギーを感じることはできるのか?」
「はい、微かですが……」
マヤが答える。
「素晴らしい!では、実際に修練を積んでみよう」
エリンが立ち上がった。
「でも、イグニスの検出器があるんじゃ……」
リアムが心配そうに言うと、ジンが得意げに笑った。
「それなら大丈夫!僕が作った遮蔽装置があるんだ!」
彼が指差した先には、複雑な機械が設置されていた。
「これでエネルギー検出を妨害できる。完璧じゃないけど、少しの修練なら問題ない」
「ジンは天才よ。アストラの技術を独学で学んだの」
エリンが感心したように話す。
「それじゃあ、みんなで一緒に修練しましょう」
テレサの提案で、全員が円になって座った。
「まず、心を静めて……」
エリンの指導で、修練が始まった。リアムとマヤは、書物で読んだ通りに意識を集中させる。
周りを見ると、他の人々の体からも微かに光のようなものが立ち上っているのが見えた。
「これが……宇宙エネルギー」
しばらくすると、リアムの体にも同じような光が宿った。昨夜よりもはっきりと、エネルギーの流れを感じることができる。
「上手ね、リアム。才能があるわ」
エリンが褒めてくれた。
「マヤも素晴らしいわよ。二人とも、エルウィンさんの血筋ね」
修練が終わると、テレサが重い口調で話し始めた。
「皆、良く聞いて。私たちは今、重大な局面に立たされている」
全員の表情が引き締まった。
「イグニス帝国は最近、アストラの末裔に対する弾圧を強めている。君たちが追われたのも、その一環だ」
「どうして今になって……?」
マヤが不安そうに尋ねる。
「情報によると、イグニスの皇帝が病に倒れた。後継者争いの中で、宇宙エネルギーの力を求める派閥が台頭してきているのだ」
カイルが深刻な顔で補足する。
「つまり、僕たちの存在がより危険になったってことですか?」
リアムの質問に、テレサが頷いた。
「その通りだ。しかし、これは好機でもある。イグニスが内部で混乱している今こそ、私たちが行動を起こすべき時なのだ」
「行動って……何をするんです?」
「アストラの遺跡を探すのよ」
エリンが興奮気味に答えた。
「遺跡?」
「そう。この地域には、まだ発見されていないアストラの遺跡が複数あると言われている。そこには、より高度な宇宙エネルギー技術が眠っているはずよ」
ジンも目を輝かせた。
「僕の分析だと、この山の奥にもアストラの施設があるかもしれない!エネルギーの残留反応を検出してるんだ」
「でも危険じゃないですか?イグニス軍も同じものを探してるなら……」
マヤの懸念にテレサが答える。
「確かに危険だ。だが、このまま隠れているだけでは、いずれ全員が捕まってしまう。攻めの姿勢に転じなければならない」
リアムは祖父の書物を見つめた。この中に、まだ読んでいない重要な情報があるかもしれない。
「僕も行きます。おじいちゃんが残してくれたこの本、きっと役に立つはずです」
「リアム……」
マヤが心配そうに見つめる。
「私も一緒に行くわ。一人にはさせない」
「マヤ……ありがとう」
テレサが立ち上がった。
「では決まりね。明日の夜、月が隠れる時間帯に出発する。それまで、しっかりと準備を整えましょう」
その夜、リアムは書物の続きを読んでいた。すると、遺跡に関する記述を発見した。
『第三の聖域について』
『東の山奥、三つの峰が重なる場所に、アストラ最後の聖域が存在する。そこには、宇宙エネルギーの源である「星の心臓」が眠っている』
「星の心臓……」
リアムの心が高鳴った。これこそが、彼らが探している鍵なのかもしれない。
翌日、仲間たちと情報を共有すると、全員が興奮した。
「それよ!僕が検出していた反応の正体は!」
ジンが飛び上がった。
「三つの峰……確かにこの山系にある」
カイルが地図を広げる。
「でも、そこはイグニス軍の監視が厳しい地域よ」
エリンが心配そうに言う。
「構わない。これが最後のチャンスかもしれないんだ」
テレサの決意は固かった。
夜が深くなり、いよいよ出発の時が来た。
「皆、準備はいいか?」
「はい!」
リアムは書物を胸に抱いた。仲間たちと共に、アストラの真実に近づいていく。祖父の想いを胸に、新しい世界への第一歩を踏み出すのだ。
「行こう、星の心臓を求めて!」
一行は月のない夜空の下、山の奥深くへと向かった。
第三章 星の心臓への道
深夜の山道を、七人の影がひそやかに進んでいく。月のない夜は彼らの味方だった。
「あと2キロほどで第一の峰よ」
テレサが地図を確認しながら囁く。
「エネルギー反応、だんだん強くなってる!」
ジンが興奮を抑えながら、自作の検出器を見つめていた。
「静かに。イグニス軍の哨戒が近くにいる可能性がある」
カイルが警戒を促す。
リアムは書物を手に、歩きながら星の心臓についての記述を読み返していた。
『星の心臓は、三つの試練によって守られている。肉体の試練、精神の試練、そして魂の試練』
「三つの試練か……」
「どうしたの、リアム?」
マヤが心配そうに近づいてくる。
「書物に、星の心臓には試練があるって書いてある」
「試練?」
エリンが振り返る。
「肉体、精神、魂の三つの試練だって」
「アストラの遺跡には、そういう仕掛けが多いのよ」
テレサが説明する。
「技術や力を悪用されないよう、真に相応しい者だけが辿り着けるように作られているの」
一時間ほど歩いた頃、前方に光が見えた。
「イグニス軍のキャンプだ」
カイルが身を屈める。全員が茂みに隠れた。
「思ったより大規模ね……」
テレサが眉をひそめる。キャンプには50人以上の兵士がいるように見えた。
「やっぱり彼らも星の心臓を狙ってるのね」
エリンが囁く。
「どうする?迂回するか?」
マヤが不安そうに尋ねる。
「待って」
リアムが書物の別のページを開いた。
「ここに地図がある。秘密の通路があるみたい」
古い地図には、キャンプを避けて進める隠し道が示されていた。
「さすがエルウィンさんね。完璧な情報を残してくれた」
テレサが感心する。
一行は迂回路を進んだ。険しい岩場を登り、狭い洞窟を通り抜け、やがて第二の峰に到達した。
「あそこ……!」
ジンが指差した先に、古い石造りの建造物が見えた。月明かりに照らされたその姿は荘厳で、神秘的な輝きを放っている。
「アストラの遺跡……」
リアムの胸が高鳴った。
「エネルギー反応、最大値を記録してる!」
ジンの検出器が激しく光っていた。
遺跡の入り口には、美しい星座の紋章が刻まれていた。リアムが書物の紋章と見比べると、完全に一致している。
「間違いない、ここが星の心臓の在り処だ」
「でも、入り口が見当たらないわね」
エリンが壁を調べている。
「あ、この紋章……」
リアムが紋章に手を触れると、突然温かいエネルギーが流れ込んできた。
すると、紋章が光り始め、石の扉がゆっくりと開いた。
「すごい……」
マヤが息を呑む。
「リアムの血筋が鍵だったのね」
テレサが納得したように頷く。
遺跡の内部は不思議な光に満ちていた。壁には美しい壁画が描かれ、かつてのアストラの栄光を物語っている。
「美しい……」
エリンがうっとりと壁画を見つめる。
「これがアストラの真の姿なのね」
しばらく進むと、大きな石の扉が現れた。そこには古代文字でこう刻まれていた。
『第一の試練 肉体の力を示せ』
「肉体の試練……これね」
テレサが身構える。
扉の前に立つと、床が光り、複雑な文様が浮かび上がった。
「なんだこれ?」
カイルが警戒する。
突然、光の球体が現れ、彼らに向かって飛んできた。
「避けろ!」
皆が散開する。光の球体は壁に当たって消えたが、次々と新しい球体が現れる。
「これ、攻撃じゃない!」
エリンが気づく。
「宇宙エネルギーを使って対処するのよ!」
彼女が手をかざすと、微かな光の盾が現れ、球体を受け止めた。
「そうか!宇宙エネルギーの修練が試練なんだ!」
リアムも集中し、エネルギーを練る。最初はうまくいかなかったが、仲間たちの助けを借りながら、徐々に球体を受け止められるようになった。
「みんなで力を合わせるのよ!」
テレサの号令で、全員が円陣を組む。七人のエネルギーが合わさると、美しい光の網が形成された。
光の球体たちは、その網に触れると穏やかに消えていく。
「やったね!」
ジンが喜ぶ。
第一の扉が開き、次の部屋に進むことができた。
次の部屋では、第二の試練が待っていた。
『第二の試練 精神の強さを証明せよ』
部屋の中央に水晶のような球体があり、それに触れると幻影が現れた。
リアムの前には、イグニス軍に囲まれ、絶望的な状況が映し出される。
「降伏しろ、アストラの末裔よ。抵抗は無意味だ」
イグニス軍の将軍が冷笑する。
「君たちのような劣等な血筋が、偉大なるイグニスに逆らうなど愚かなことだ」
リアムの心に絶望が忍び寄る。本当に自分たちに勝ち目があるのだろうか。
しかし、その時祖父の言葉が蘇った。
『リアム、アストラの血を誇りに思いなさい。君たちは決して劣等ではない』
「違う……僕たちは劣等なんかじゃない!」
リアムが叫ぶと、幻影が崩れ始めた。
「アストラは平和を愛し、文明を築いた偉大な民族だ!」
完全に幻影が消えると、仲間たちも同様に自分たちの幻影を打ち破っていた。
「精神の試練、クリアね」
テレサが微笑む。
最後の部屋に進むと、そこには巨大な祭壇があった。
『第三の試練 魂の純粋さを示せ』
祭壇の上には、美しく光る球体が置かれていた。それが星の心臓に違いない。
「ついに……」
リアムが祭壇に近づくと、突然強烈な光に包まれた。
意識の中に、アストラの歴史が流れ込んでくる。平和な日々、文明の発展、そしてイグニスの侵攻……
『君は何のために力を求めるのか』
声が響く。
『復讐のためか?支配のためか?』
リアムは迷わず答えた。
「平和のためです。みんなが幸せに暮らせる世界を作るために」
『君の仲間たちも同じ想いか?』
「はい。僕たちは誰も傷つけたくない。ただ、真実を知ってもらいたいだけです」
光が和らいでいく。
『その純粋な魂、確かに受け取った』
星の心臓が浮き上がり、リアムの手の中に収まった。温かく、優しいエネルギーが全身を包む。
「これが……星の心臓」
球体から溢れるエネルギーで、仲間たちの力も大幅に増強された。
「すごいエネルギーね!」
エリンの手から、以前とは比べものにならない光が放たれる。
「これなら、イグニスと対等に戦えるかもしれない」
カイルも驚いている。
しかし、その時地面が揺れ始めた。
「まずい、遺跡が崩れ始めてる!」
テレサが警告する。
「星の心臓を取り出したから、バランスが崩れたのね!」
「急いで脱出しよう!」
一行は慌てて遺跡から駆け出した。背後で古い建造物が崩れ落ちる音が響く。
外に出ると、イグニス軍のキャンプから兵士たちが駆けつけてくるのが見えた。
「見つかった!」
「大丈夫、今の僕たちなら……」
リアムが星の心臓を握ると、仲間たち全員の体が光に包まれた。
「これは……飛べる?」
「そうみたい!」
七人は光に包まれたまま、空中に舞い上がった。下方でイグニス兵たちが驚愕の声を上げている。
「やったー!」
ジンが空中で宙返りをする。
「これで僕たちの本当の戦いが始まる」
リアムは星の心臓を見つめながら決意を新たにした。アストラの真の力を手に入れた今、失われた歴史を取り戻し、新しい世界を築く時が来たのだ。
「次はどこへ向かう?」
マヤが尋ねる。
「まずは他の仲間たちを集めよう。そして、真実をより多くの人に伝えるんだ」
星の心臓の光に導かれ、七人は夜空を駆けていく。新世界秩序への第一歩を踏み出したのだった。
第四章 覚醒する民
星の心臓の力で空を舞った一行は、夜明け前に安全な森の奥に着地した。
「信じられない……本当に飛べたのね」
マヤがまだ興奮冷めやらぬ様子で呟く。
「星の心臓の力は想像以上だった」
リアムは手の中で穏やかに光る球体を見つめた。触れているだけで、体の奥から温かいエネルギーが湧き上がってくる。
「でも、これで終わりじゃない。むしろここからが始まりよ」
テレサが地面に地図を広げる。
「イグニス帝国の支配下にある街は数十箇所。そこには僕たちと同じアストラの末裔が大勢いる」
カイルが指で地図上の街を示していく。
「でも、どうやって彼らに真実を伝える?イグニス軍の監視が厳しいのよ」
エリンが心配そうに言う。
「それなら僕に任せて!」
ジンが得意げに背負った荷物を開く。中から小さな機械を取り出した。
「これは通信装置さ。星の心臓のエネルギーを使えば、もっと強力になるはず」
「すごいじゃない、ジン!」
「でも通信だけじゃ限界がある。やっぱり直接会って話すことが大切よ」
テレサが立ち上がる。
「手分けしましょう。二人一組で近くの街を回るの」
「危険じゃないですか?」
マヤが不安を口にする。
「星の心臓があれば大丈夫。みんなで力を分け合えば、それぞれが十分な力を持てるはず」
リアムが提案すると、星の心臓が反応するように光を増した。
「試してみよう」
テレサが星の心臓に手を触れる。すると、美しい光の糸が彼女とリアムを繋いだ。
「感じる……エネルギーが流れてくる」
同じように他の仲間たちも手を触れると、七本の光の糸で全員が繋がった。
「これなら離れていても、お互いの状況がわかりそうね」
エリンが嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、作戦を決めよう」
カイルが地図を指差す。
「一番近いのはアルデン街。そこから始めよう」
「私とカイルで行くわ」
テレサが名乗り出る。
「僕とマヤはグレイ村に向かう」
リアムも決意を示す。
「私とジンはリンド町にしましょう」
エリンが提案した。
「みんな、気をつけて。何か危険を感じたらすぐに連絡を」
こうして、三つのチームに分かれて行動することになった。
数日後、リアムとマヤはグレイ村の外れに到着した。小さな農村で、住民のほとんどがアストラの末裔のようだった。
「どうやって声をかけよう?」
マヤが悩んでいると、畑で働いている老人が彼らに気づいた。
「お前たち、見ない顔だな。どこから来た?」
「あの、僕たちは……」
リアムが迷っていると、老人の目が鋭くなった。
「まさか、お前たち……」
老人がリアムの首元を見つめる。そこには、星の心臓のエネルギーで光る小さな印があった。
「アストラの印……まさか、本当にアストラの血を引く者たちか?」
「はい。僕たちは真実を伝えに来ました」
老人の目に涙が浮かんだ。
「ついに……ついにこの日が来たのか」
老人は周囲を見回すと、リアムたちを手招きした。
「こっちに来なさい。みんなに知らせなければ」
老人の家に集まった村人たちは、最初は疑っていたが、リアムが星の心臓の一部を見せると、皆が息を呑んだ。
「これが伝説の……」
「本物だ……祖父から聞いた通りの光だ」
村人たちの中には、密かに古い知識を受け継いでいる者もいた。
「実は私たちも、先祖から受け継いだ技術があるのです」
年配の女性が奥から古い道具を持ってきた。それは宇宙エネルギーを増幅する装置のようだった。
「これを使えば、もっと多くの人に真実を伝えられるかもしれません」
「素晴らしい!」
マヤが感激する。
その夜、村の広場で初めての集会が開かれた。星の心臓の光に導かれ、村人たち一人一人が自分の中に眠る宇宙エネルギーを感じ取り始めた。
「私にも……本当に力があるのね」
若い母親が手のひらに小さな光を灯した。
「僕たちの祖先は、本当にすごい文明を築いていたんだ」
少年が目を輝かせる。
しかし、感動的な時間は長くは続かなかった。
村の外から馬蹄の音が響いてきた。イグニス軍の一隊が向かってくる。
「見つかった!」
老人が警告する。
「みんな、慌てないで。僕たちが何とかする」
リアムが前に出る。マヤも隣に並んだ。
「アストラの末裔よ、大人しく投降しろ!」
隊長が叫ぶ。
「僕たちは何も悪いことはしていません」
「黙れ!お前たちの存在そのものが帝国に対する反逆だ!」
兵士たちが剣を抜く。
その時、リアムの胸で星の心臓が激しく光った。
「みんな、手を繋いで!」
村人たちが手を取り合うと、美しい光の輪が形成された。
「な、何だあの光は……」
イグニス兵たちが困惑する。
光の輪から放たれるエネルギーは攻撃的なものではなく、むしろ穏やかで温かいものだった。それに触れた兵士たちの表情が変わっていく。
「これは……なんて美しい力なんだ」
一人の若い兵士が剣を下ろした。
「馬鹿な!惑わされるな!」
隊長が怒鳴るが、他の兵士たちも次々と武器を捨てていく。
「隊長、この力は……僕たちが教わってきた邪悪な力じゃない」
「そうだ、これは平和と愛に満ちた力だ」
兵士たちの中にも、アストラの血を引く者がいたのだ。彼らもまた、星の心臓の光に反応していた。
「裏切り者め!」
隊長が一人で剣を振り上げるが、その時テレサとカイルが駆けつけた。
「リアム、マヤ!大丈夫?」
「テレサさん!」
「アルデン街でも同じようなことが起きたの。イグニス軍の中にも、真実を求める者がいるのよ」
テレサの後ろには、イグニス軍の制服を着た数人の兵士がいた。
「僕たちは隊長の命令に疑問を持っていました」
「アストラの技術が本当に邪悪なものなら、なぜこんなに美しいのか」
元イグニス兵たちが感動を込めて語る。
「ばかな……こんなことが許されるものか!」
頑固な隊長は一人で逃げ去った。
「これで一つの村が解放されたわね」
テレサが満足そうに微笑む。
「エリンたちからも連絡があったわ。リンド町でも多くの人が目覚め始めているって」
ジンの声が通信装置から聞こえてくる。
「素晴らしい!」
リアムは星の心臓を掲げた。その光は以前よりもずっと強く、希望に満ちていた。
「でも、これはまだ始まりに過ぎない」
カイルが真剣な表情で言う。
「イグニス帝都では、皇帝の病状が悪化している。後継者争いが激化すれば、より強硬な弾圧が始まるかもしれない」
「それなら、僕たちももっと積極的に行動しよう」
リアムの目に強い決意が宿る。
「次は帝都に近い大きな街に向かうの。そこにはもっと多くのアストラの末裔がいるはず」
テレサが地図を見つめる。
「クリスタル市ね。そこなら、一気に数千人の人々に真実を伝えられるかもしれない」
「でも危険も大きいわよ」
マヤが心配する。
「大丈夫。僕たちにはもう仲間がいる」
リアムが振り返ると、グレイ村の住民たちと元イグニス兵たちが決意に満ちた表情で立っていた。
「僕たちも一緒に戦います!」
「アストラの誇りを取り戻すために!」
「そうと決まれば、準備を始めましょう」
エリンとジンも合流し、今や彼らの仲間は数十人規模になっていた。
星の心臓の光に導かれ、アストラの民たちが立ち上がる。失われた歴史を取り戻し、新しい世界を築くための本格的な戦いが、今始まろうとしていた。
「みんな、行こう。真実の光を、すべての人に届けるために!」
リアムの声が夜空に響いた。星々が彼らの決意を祝福するように瞬いている。
第五章 クリスタル市の奇跡
三日後、リアムたちの一行はクリスタル市の外れに到着した。帝都に次ぐ大都市で、高い城壁に囲まれた威圧的な街並みが広がっている。
「すごい人数ね……」
マヤが城壁の上を見上げる。イグニス軍の兵士たちが厳重に警備していた。
「ここには一万人以上のアストラの末裔が住んでいるはずよ」
テレサが資料を確認する。
「でも、どうやって入る?検問が厳しそうだけど」
エリンが心配そうに呟く。
「大丈夫、僕に考えがある」
リアムが星の心臓を手に取る。最近、この力の使い方がだんだんわかってきていた。
「みんな、手を繋いで」
一行が手を繋ぐと、星の心臓から淡い光が放たれ、全員の姿が薄く透明になった。
「透明化!?すごいじゃない!」
ジンが興奮する。
「完全に見えなくなるわけじゃないから、気をつけて。動きも慎重に」
一行は透明化の効果を使って、検問を通り抜けることに成功した。
街の中は活気に満ちていたが、アストラの末裔と思われる人々の表情は暗く、肩を落として歩いている者が多かった。
「みんな疲れ切ってる……」
マヤが胸を痛める。
「長い間の抑圧で、希望を失ってしまったのね」
エリンも悲しそうに呟く。
「だからこそ、僕たちが希望の光を届けなければ」
リアムの決意は固い。
一行はまず、街の中心部にある大きな広場を目指した。そこなら多くの人に一度に真実を伝えることができる。
しかし、広場に着くと予想外の光景が待っていた。
「公開処刑……?」
テレサが息を呑む。
広場の中央に処刑台が設けられ、そこには一人の老人が縛り付けられていた。周囲を大勢の市民が取り囲んでいる。
「本日、アストラの邪悪な血を引く老人エドワード・グレイを処刑する!」
執行官が高らかに宣言した。
「彼は禁じられた古い技術を民衆に教え、帝国に反逆を企てた罪で死刑に処す!」
「やめろ!おじいちゃんは何も悪いことしてない!」
群衆の中から少年の声が響く。イグニス兵に抑えられながらも、必死に叫んでいた。
「あの子……」
マヤが胸を痛める。
「見せしめなのね。アストラの血を引く者がどうなるか、みんなに示そうとしている」
テレサが歯を食いしばる。
「このままじゃ……」
リアムが立ち上がろうとした時、処刑台の老人が口を開いた。
「私は後悔していない!」
老人の声が広場に響く。
「アストラの血を誇りに思う!我らの祖先が築いた平和で美しい文明を、決して恥じることはない!」
「黙れ、老いぼれ!」
執行官が剣を振り上げる。
その瞬間、リアムが動いた。
「やめろ!」
星の心臓の力で一気に処刑台に飛び上がり、執行官の剣を受け止める。
「何者だ!」
「僕はリアム。アストラの末裔だ!」
リアムが星の心臓を高く掲げると、眩い光が広場を包んだ。
「これが……伝説の星の心臓?」
老人エドワードが驚愕する。
「そうです。僕たちは真実を伝えに来ました」
光に包まれた広場で、アストラの末裔たちの体が反応し始める。彼らの中に眠っていた宇宙エネルギーが覚醒していく。
「私の手が……光ってる」
「僕にも力が宿った!」
次々と人々が自分の変化に気づいていく。
「馬鹿な!こんなことが起こるはずが……」
執行官が混乱する中、テレサたちも広場に現れた。
「みなさん、恐れることはありません」
テレサが優雅に宙に浮かぶ。
「これがアストラの真の力です。破壊ではなく、創造と癒しの力なのです」
エリンが群衆の中の怪我人に手を当てると、傷が瞬時に癒えた。
「奇跡だ……」
「本当にアストラの力は邪悪じゃなかったんだ」
市民たちがざわめく中、イグニス兵たちも困惑していた。
「隊長、どうしますか?彼らは人々を癒している……」
「これが邪悪な力とは思えません」
若い兵士たちが迷っている。
「惑わされるな!これは悪魔の力だ!」
執行官が怒鳴るが、その時空から声が降ってきた。
「父上、お止めください」
美しい女性が光に包まれて降りてきた。イグニス軍の制服を着ているが、どこか違う雰囲気を持っている。
「セレナ様!」
兵士たちが驚く。
「セレナ皇女……」
テレサも意外そうな顔をする。
「皆さん、私はセレナ。イグニス帝国の第三皇女です」
セレナが群衆に向かって話し始める。
「長い間、私は父の命令で軍務についていました。しかし、各地で起こっている変化を見て、真実を知ったのです」
「セレナ、何を言っている!」
執行官が慌てる。実は彼女の叔父だった。
「アストラの力は邪悪ではありません。それどころか、人々を幸せにする素晴らしい力です」
セレナがリアムに近づく。
「あなたがリアムね。各地での活動、全て把握しています」
「皇女様が……?」
「私の母は実はアストラの血を引いていました。父は帝位のためにそれを隠していましたが、私は真実を知っていたのです」
セレナが手を差し出すと、微かに光が宿った。
「私にもアストラの血が流れている。だから、あなたたちの力を感じ取ることができるのです」
群衆がどよめく。イグニス皇女がアストラの血を引いているという衝撃の事実。
「この嘘つき皇女を逮捕しろ!」
執行官が命令するが、兵士たちは動かなかった。
「叔父上、もう十分です」
セレナが星の心臓の光に触れると、彼女の力も大幅に増強された。
「皆さん、恐れずに立ち上がってください。あなたたちは決して劣等ではありません」
セレナの呼びかけに応じ、広場にいるアストラの末裔たちが次々と立ち上がった。
「そうだ!僕たちは誇り高きアストラの民だ!」
「隠れて生きる必要なんてない!」
数千人の人々が光に包まれ、広場全体が幻想的な光景に包まれる。
「美しい……」
マヤが感動で涙を流す。
「これが本当のアストラの力なのね」
エリンも感慨深げに呟く。
しかし、この奇跡的な光景は遠くからも見えていた。帝都にいるイグニス皇帝の元にも、すぐに報告が届く。
「セレナが反逆しただと……」
病床の皇帝が怒りに震える。
「すぐに軍を派遣しろ!クリスタル市を完全に制圧するのだ!」
「陛下、しかし皇女様が……」
「構わん!反逆者は皇族であろうと容赦はしない!」
一方、クリスタル市の広場では、解放の喜びに沸く人々の中で、リアムが新たな決意を固めていた。
「皇女様、ありがとうございます」
「お礼はまだ早いわ。本当の戦いはこれからよ」
セレナが真剣な表情で言う。
「父は必ず大軍を送ってくる。この街の人々を守らなければ」
「僕たちも一緒に戦います」
老人エドワードが孫と共に前に出る。
「街の人々も協力してくれるはず」
「でも、相手は帝国軍よ。数万の兵士が向かってくるかもしれない」
テレサが心配する。
「大丈夫です」
リアムが星の心臓を見つめる。
「この力は人数が多いほど強くなる。みんなの心が一つになれば、きっと奇跡を起こせます」
「そうね。今度こそ、アストラの民が自由を勝ち取る時よ」
セレナが剣を抜く。
「皆さん、準備をしてください。明日の夜明けには、帝国軍がここに到着します」
広場に集まった数千人の人々が、決意を新たにした。長い抑圧の時代に終止符を打ち、新しい世界を築くための最後の戦いが、間もなく始まろうとしていた。
星の心臓の光が、希望と勇気をすべての人に与えている。
「明日は新しい時代の始まりだ」
リアムが空を見上げると、星々が一層美しく輝いていた。
第六章 新世界の夜明け
夜明け前、クリスタル市の城壁の上に無数の人影が立っていた。アストラの末裔たちが手に手に光を宿し、迫り来る敵を待ち受けている。
「見えたわ……」
セレナ皇女が望遠鏡を覗く。地平線の向こうから、黒い軍勢が近づいてきていた。
「数は?」
テレサが尋ねる。
「約三万……父は本気ね」
セレナの表情が引き締まる。
「でも僕たちも負けていません」
リアムが振り返ると、城壁には五千人以上のアストラの末裔が集まっていた。昨夜のうちに、近隣の村々からも仲間たちが駆けつけてくれたのだ。
「星の心臓の力で、みんなと繋がれているのを感じる」
マヤが手のひらの光を見つめる。
「そうね。一人一人は小さな力でも、みんなが心を一つにすれば……」
エリンが微笑む。
「奇跡を起こせる」
ジンが興奮気味に自作の装置を調整している。
「僕の増幅器も準備完了!星の心臓の力を街全体に広げられるはず!」
「頼もしいわね」
セレナがジンの肩を叩く。
その時、イグニス帝国軍の先頭に騎乗した将軍が拡声魔法で叫んだ。
「クリスタル市の反逆者どもよ!皇帝陛下の慈悲により、最後の機会を与える!今すぐ降伏すれば命だけは助けてやろう!」
城壁の上から、老人エドワードが応えた。
「我らは反逆者ではない!自由を求めるアストラの民だ!」
「ならば死ね!総攻撃開始!」
将軍の号令で、三万の軍勢が一斉に進軍を開始した。
「みんな、準備はいい?」
リアムが星の心臓を高く掲げる。
「いつでも!」
仲間たちが応える。
「それじゃあ……みんなで手を繋ごう!」
城壁の上で五千人が手を繋ぐと、美しい光の鎖が形成された。その光は城壁から街全体へと広がっていく。
「これは……」
イグニス軍の兵士たちが驚愕する。クリスタル市全体が淡い光に包まれ、まるで星が地上に降りてきたような光景だった。
「怯むな!ただの見かけ倒しだ!突撃!」
将軍が叫ぶが、軍勢が街に近づくにつれ、異変が起こり始めた。
光に触れた兵士たちの動きが鈍くなり、次第に攻撃的な意志を失っていく。
「隊長……なんで僕たちは戦っているんですか?」
若い兵士が困惑する。
「彼らは何も悪いことをしていないように見えます」
「馬鹿者!洗脳されるな!」
しかし、将軍の声も次第に力を失っていく。星の心臓の光は争いの心を静め、本来の優しさを呼び覚ます力があったのだ。
「将軍、あなたにも家族がいるでしょう」
セレナが城壁から呼びかける。
「その家族のために戦っているのですか?それとも、憎しみのために?」
将軍の手が震えた。彼にも故郷に愛する妻と子供がいた。
「私は……私は何のために……」
その時、帝国軍の後方から新たな声が響いた。
「将軍、下がりなさい」
現れたのは豪華な鎧に身を包んだ男だった。イグニス帝国の第一皇子、ルシウスだ。
「ルシウス兄上……」
セレナが驚く。
「セレナ、お前の反逆には失望したぞ」
ルシウスが冷たい目で妹を見つめる。
「父上は病床で苦しんでおられるのに、お前はこんな下等な連中と手を組んで……」
「兄上、彼らは下等ではありません!」
「黙れ!」
ルシウスが魔法の杖を振ると、暗い光が放たれた。それは星の心臓の光と激しくぶつかり合う。
「これは……闇の魔法?」
テレサが眉をひそめる。
「イグニス帝国は、アストラの技術だけでなく、闇の力も研究していたのね」
ルシウスの闇の魔法で、星の心臓の光が押し戻されていく。
「兄上、やめて!この力は人を不幸にするだけよ!」
セレナが必死に呼びかけるが、ルシウスは聞く耳を持たない。
「力こそが正義だ!弱者は強者に従うべきなのだ!」
闇の光が強まると、イグニス兵たちが再び戦闘的になっていく。
「まずい……このままじゃ」
リアムが焦る中、星の心臓が激しく脈動した。
『リアム』
祖父の声が聞こえた気がした。
『真の力を解放する時が来た』
「おじいちゃん……?」
『星の心臓は、憎しみには憎しみで対抗するのではない。愛で包み込むのだ』
リアムが理解した。闇の魔法と同じ力で戦っても意味がない。
「みんな、闇と戦うんじゃない!愛で包み込むんだ!」
リアムの呼びかけに応じ、アストラの民たちが今度は攻撃的な光ではなく、より温かく優しい光を放った。
「私たちはあなたたちを憎んでいません」
エリンが治癒の光で負傷した敵兵を癒す。
「ただ、みんなが幸せに暮らせる世界を望んでいるだけです」
マヤが敵に向かって微笑みかける。
この純粋な愛の力に、ルシウスの闇の魔法が対抗できなくなっていく。
「馬鹿な……こんなはずでは……」
ルシウスが動揺する中、一人の老人が彼に近づいた。イグニス軍の従軍医師だった。
「皇子様、私は長年軍医として多くの戦争を見てきました」
「何が言いたい?」
「戦争では誰も幸せになりません。勝者も敗者も、結局は悲しみしか残らないのです」
老医師の言葉に、周囲の兵士たちも頷いた。
「そうだ……僕たちはなんで戦っているんだ?」
「故郷の家族は僕たちが戦うことを望んでいるのか?」
兵士たちの間に疑問が広がっていく。
その時、遠くから使者が駆けつけてきた。
「皇子様!大変です!皇帝陛下が……皇帝陛下が崩御されました!」
「何だと!」
ルシウスが愕然とする。
「そして、陛下の遺言が……『セレナを後継者とする』と……」
衝撃的な知らせに、全軍が静まり返った。
「まさか……父上が……」
セレナも涙を流す。
「嘘だ!そんなはずがない!」
ルシウスが激昂するが、使者が皇帝の印章を差し出した。紛れもない本物だった。
「皇帝陛下は最後に『アストラとイグニスの民が手を取り合える世界を』とおっしゃったそうです」
使者の言葉に、戦場に静寂が訪れた。
「父上……」
セレナが膝をつく。
「最後の最後に、父上も真実に気づかれたのね」
リアムが星の心臓を使って、セレナの悲しみを癒そうとする。その優しい光に触れ、ルシウスも剣を下ろした。
「私は……私は何をしていたんだ……」
ルシウスが地面に崩れ落ちる。
「兄上……」
セレナが兄の元に駆け寄る。
「セレナ……許してくれ……私は……」
「大丈夫よ、兄上。私たちはこれから一緒に新しい世界を作りましょう」
兄妹が抱き合う光景を見て、両軍の兵士たちも武器を捨てた。
「万歳!セレナ皇帝陛下万歳!」
「アストラとイグニス、両方の民に万歳!」
歓声が戦場に響く。
数日後、セレナの戴冠式が盛大に行われた。新しい皇帝として、彼女は歴史的な宣言を行った。
「本日より、アストラの技術を全面的に解禁し、すべての民が平等に学べるようにします」
「また、アストラとイグニス、両方の文化を大切にし、真に平和な世界を築いていきます」
大群衆が歓喜の声を上げた。
式典の後、リアムは仲間たちと共に新たな学院の設立準備を始めた。
「ここで、宇宙エネルギーの技術を正しく教えるんだ」
「素晴らしいアイデアね」
マヤが嬉しそうに微笑む。
「僕も機械技術を教えたい!」
ジンが飛び跳ねる。
「私は医術を教えるわ」
エリンも意欲的だ。
「カイルさんとテレサさんは?」
「私たちは他の地域も回って、まだ隠れているアストラの民たちを助けるつもりよ」
テレサが地図を広げる。
「世界中には、まだ真実を知らない人たちがたくさんいるからね」
「素晴らしい」
リアムは星の心臓を見つめた。もう以前のように光ってはいない。その役目を終えたかのように、穏やかに温もりを保っているだけだった。
「おじいちゃん、僕たちやったよ」
夕日に向かって呟く。
「新しい世界が始まったんだ」
数年後、リアムが院長を務める星の学院は、世界中から学生が集まる有名な教育機関となっていた。アストラとイグニス、そして他の多くの民族の子供たちが一緒に学んでいる。
「先生、宇宙エネルギーって本当に誰でも使えるんですか?」
幼い生徒が質問する。
「もちろんだよ。大切なのは技術じゃない。相手を思いやる優しい心なんだ」
リアムが微笑みながら答える。
「心が純粋であれば、誰でも美しい力を使うことができる」
教室の窓から見える空には、平和の象徴である虹がかかっていた。
失われた記憶を取り戻し、新しい世界秩序を築いた彼らの物語は、希望と愛の力について人々に語り継がれていくのだった。
エピローグ
それから十年後、リアムは一冊の本を書き終えた。タイトルは『星の心臓と新世界の記憶』。
彼らの冒険と、アストラとイグニスの民が手を取り合って築いた新しい世界について記されている。
「この物語が、未来の子供たちにも希望を与えることができますように」
リアムがその本を図書館に収める時、隣にマヤが近づいてきた。
「素敵な本ね。きっと多くの人に読まれるわ」
「君がいてくれたから、僕は最後まで頑張れたんだ」
「私こそ、リアムと一緒だったから勇気を持てた」
二人は窓の外を見つめた。そこには宇宙エネルギーで空を飛ぶ子供たちや、美しい光で病気を治す医師たち、機械と魔法を融合させた新しい技術を開発する研究者たちの姿があった。
かつて対立していたアストラとイグニスの民が、今は協力して素晴らしい文明を築いている。
「新世界秩序の完成ね」
マヤが満足そうに呟く。
「いや、これは完成じゃない。始まりだよ」
リアムが星空を見上げる。
「僕たちが築いたこの世界を、次の世代がさらに発展させていく。それが本当の意味での新世界秩序なんだ」
夜空の星々が、まるで彼らの功績を祝福するように美しく瞬いていた。
失われたエネルギーの記憶は取り戻され、新しい希望に満ちた世界が永遠に続いていくのだった。